20 Behold, the Demon King descends.
午前九時二〇分までには田園都市ユートピア第二地区内側防壁下にある四方の検問所がラスト・ジャッジメントの襲撃を受けて制圧されていた。そこで警備していた特殊犯罪対策部隊員と援護に入った人型ロボット ピンキーの亡き骸が残された。
その後、制圧済みの各検問所では一台のトラックがウィングボディを開け、荷台に設置された三〇ミリバルカン砲が街に向けられ、もう一台の軍用車両から降りたラスト・ジャッジメントの隊員たちが検問所周辺の警備を行い、数台のトラックと軍用車両が次の拠点へ出発するところであった。
第二地区北東中心位置防壁屋上───。
(また予定よりも二〇分遅れか……)
大柄の男の周りには複数の警備員が血みどろになって倒れていた。男は頬に付着した返り血を左手でなびかせた。左手首の腕時計に口を近付けて言った。
「こちら、魔王───“兎”を喰らう」
腕時計から通信が入る。
「了解。───Annihilate the evil world, and let there be light for my children.(悪しき世界を無に帰せ、我が子らに光あれ。)」
通信が切れ、腕時計から空中ディスプレイの映像が描かれ、田園都市ユートピアの街並みが表示された。その地図上に複数の色が点として現れた。魔王は赤い点が“眼鏡”の共有した抹殺対象であることを知っていた。青い点はラスト・ジャッジメントの隊員、緑の点はドローン、黄色い点が拉致対象であった。
魔王はそれらを確認したあと、緑色の点に触れて、ドローンから曲が流せるようにした。近くで飛んでいた複数のドローンからチェロの荒々しい音色が高らかに鳴り響いた。
曲名:魔王
作曲家:フランツ・シューベルト
作詞:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
魔王は防壁の落下防止柵上に飛び乗り、両手を広げ、第二地区の街並みを見下ろして誇らしげに言った。
「『Behold, ─── the Demon King descends』!(見よ、───魔王が降臨する!)」
魔王はドローンから流れるクラシックを聞いて満足する。
「やはり、人さらいのときはこの曲に限る」
B区画併設型教育学校の屋上から撃ち上げられた白い光が止んだ。途端、魔王はその場でしゃがみ、そこへ目掛けて跳び立った。その衝撃で落下防止柵が砕け散る。
B校の屋上では一人の女にKRISS Vector を向けている兎が立っていた。上空、魔王は高速で移動し、その勢いのまま右腕に力を込め、兎の上半身を抉り払った。
魔王が屋上の地面に着地すると、反動で付近のコンクリートが砕けた。砂埃が舞い、その合間から女と初対面した。魔王は事前に得ていた情報の中で風の能力を使う氏家 千春という女を思い出した。氏家 兼光防衛大臣の娘であると。魔王はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「I killed your fa(お前の親父は俺が殺し)───」
と魔王が言い掛け、最後まで聴き終える前に氏家は居合いの構えをした。同時に、左手の平で風の能力を使い、魔王を引き寄せ、そのまま左手で刀の鞘を、右手で刀の目貫部分を強く握りしめた。魔王が宙に浮かび、氏家のもとへ引き寄せられたが、彼は胸の前で両腕を交差させ、地面を蹴った。魔王の蹴った地面が砕ける。
(神風、『神渡し《かみわたし》』!───)
氏家は鬼のような形相で眼前の魔王に対して、刀を下から一心に振り上げた。魔王の防御が解け、両腕が上空へ向けられる。刃から放たれた斬撃が魔王を越えて、約一〇〇キロメートル上空へ届き、まばらにある雲の大小が連なる部分を一刀両断し、そこだけは完全なる快晴となった。激風の最中、舞い上がった瓦礫や砂埃が落ち着く間もなく、そこには氏家の攻撃を受け止めた無傷の魔王が満面の笑みを浮かべて姿勢を変えるところであった。
(無傷!肉体的能力か⁉︎)
氏家は敵への目線を保ち、防御の姿勢に変える。魔王は空中で横に一回転し、その勢いに任せて右脚を氏家の腹に向けて放った。彼女は刀の表面でそれを受け止めたが、あまりの衝撃に第三地区の方角へ吹っ飛んだ。当たりどころの悪かった氏家は口から血を吐き、さらに刀が折れていることに気付いた。ビルやマンションの建物を崩壊させながら、氏家は数キロメートルもの距離を飛んだ。
(体勢が、……直せない!───)
氏家は必死に風の能力を使い、軌道をズラしながらビルの合間を上手く通り抜け、地面に腹這いで着地した。氏家の額から赤い血が流れ、脇腹に近い肋骨が数本、その他数ヶ所が折れていることに気が付いた。
(身体が……起き上がれない……反撃に転じなければ!……)
氏家は立ち上がろうとするも身体が言うことを聞かず、何度もその場に這いつくばった。
魔王はマンションの屋上に着地し、彼女のことを見下ろしていると腕時計に通信が入った。
「兎の消失、確認しました。次の標的に向かってください───」
魔王は舌打ちしたあと通信を返した。
「了解した」
腕時計の通信が切れ、魔王は次の標的を確認した。
「良いところだったのによ」
魔王は愚痴りながら次の標的に向けて跳び立った。
依然、氏家は身動きできずに倒れ込んでいた。
「みんな、無事で……いてく……れ……」
意識が薄れゆく中、氏家は生徒たちのことを思った。田中 彩芽の担任となって、わずか二週間程度の時間であったが、それでも氏家にとって彼女は掛け替えのない思い入れのあるいち生徒であった。
(……あや……め……)
田中 彩芽が最後に言い掛けた言葉を思い出し、氏家は悔やみながら気を失った。




