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イェヒオール 【序章〜第一章】  作者: 海風 野花
第一章:田園都市ユートピア
27/29

18 翼をください


 午前四時三十七分。

 田園都市ユートピア、第二地区B区画、B区画併設型教育学校の正門前───。

 田中は街灯に照らし出された学校を眺めていた。リュックサックを背負い直して、ガラケーでメールを書き始めた。



 宛先:☆ Unknown

 Cc/Bcc、差出人:jp.rabbit@─────

 件名:八三〇

─────────────────────

 Unknown 様


 ②準備完了しました。

 指定位置に移り、待機します。


 兎



 メールを送信するとすぐに返信があった。



 差出人:☆ Unknown

 宛先:jp.rabbit@─────

 件名:Re.八三〇

─────────────────────

 兎


 了解。

 荷が重いと思うが、やり遂げろ。

 ご両親も見守っている。



 田中はポケットにガラケーをしまい、代わりにキーケースを取り出した。ジャラジャラと正門の錠を開けて学校の敷地へ入る。田中は校内に並んだシートの被った出店を見て思い出した。


「あ、そっか……」


 田中は地面に落ちていた一本の串を拾い、


「お祭りがあったんだ」


 と言って、近くのゴミ捨て場に串を捨てた。


「携帯、なくて気付かなかった……」


 ゴミ捨て場の中には様々な種類のゴミが捨ててあった。それだけで何があったのか想像が容易くできる。抑えていた色んな感情が涙となってぽろぽろと流れ始めた。


「んぐっ……」


 田中は歯を食いしばって、それ以上は声を出して泣くまいとこらえた。街灯の明かりが彼女の背中を照らしていた。少しのあいだそうして涙ぐんでいたが、ふと、葵たちと輪になって話したときのことを思い出した。


「私もみんなと行きたかったなあ……また三谷くんに怒られちゃうなあ……」


 田中はそうした何気ない思い出に浸りながら、気を紛らわして校舎の入口まで歩いて行った。



 田中は保健室の鍵を開けて、部屋の中に入り、手前から三個目のベッドの下に準備してあったライフルケースと小バックを取り出した。中身も確認にせず、保健室の外へ出て、その場にライフルケースと小バックを置いた。背負っていたリュックサックを開き、タイマー式のプラスチック爆弾を午前八時三〇分にセットした。続けて、メモ帳とライターを取り出し、それぞれズボンのポケットにしまう。

 田中は保健室のゴミ箱にリュックサックをそっと入れ、坂口のデスク下に置いてあるガソリンの入ったポリタンクのキャップを開けて、部屋の隅々に振りかけた。最後に保健室の外へ出て、スライドドアを閉め、ライフルケースと小バックを持ち直した。

 屋上までの道のりは田中の足取りを重くさせた。あの角で誰かと話し、あの教室で先生の授業を受け、あの校庭のベンチでお昼休みを過ごしたことを思い出した。そのたびに立ち止まり、また歩き出すというのを繰り返す。階段を上がり、田中は自分の教室に訪れた。そこには葵たちとの二週間あまりの思い出があった。田中は心から笑っている表情の自分を見つめた。歯を食いしばり、また歩き出す。そうして田中は屋上へ辿り着いた。

 田中は屋上の防壁側へ歩いて行って、ライフルケースと小バックを置いた。小バックからチョークとライト、ポケットからメモ手帳を取り出す。彼女はライトの明かりを頼りに、メモ帳に書いた位置と遠くの防壁とを照らし合わせ、屋上の地面にチョークで絵をえがいていった。

 三〇分ほどで描き終えて、次に田中は小バックからライターを取り出し、メモ帳の端に火を付けた。田中はその場に体育座りをして、その燃えてゆく紙束を眺めた。田中の瞳には灯火ともしびが映り込む。


「うん」


 田中は嬉しそうに言った。


「私もそう思うんだけど、……藤原さんみたいにはなれないよ〜えへへ」


 田中の目の前には葵たちの姿があった。田中は三谷の視線に気付いて言った。


「三谷くんて私のおっぱいよく見てるもんね」


 三谷が言い訳をした。それに田中は追い打ちをかける。


「ずっと気付いてたよ〜」


 三谷が作間を指差したので、


「ううん」


 と、田中は首を横に振った。


「作間くんは見てない。三谷くんだけです」


 秋山がヘッドホンを外し、三谷へあおるようにして言った。田中はクスクスと笑った。


「秋山さんもそうだったんだ。三谷くんってむっつりスケベだね」


 秋山は続けて言った。それに田中が驚く。


「え⁉︎ 秋山さんそうなの? 氏家先生のこともそんな目で見てたんだ。もう変態じゃん」


 三谷一人を除いて、田中たちは笑った。必死になっていた三谷もとうとう諦めたようで、彼もその場に座り込んだ。気付けば、メモ帳の炎が絶え絶えに消えていった。暗がりの中で、田中は酷く重たい静寂を味わった。彼女の晴れた表情がだんだんと崩れていき、涙が流れ始める。


「ぐすっ……ぐすっ……」


 田中は俯いて鼻をすすった。そこに葵の手が差し伸べられて、


「葵くんはいつも優しいね……」


 田中はそう言って誰もいない場所を見上げた。もうどうしようもないところまで来てしまったことを自覚し、彼女は両膝の上に顔を埋めて縮こまりゆらゆらと揺れた。


「ぐすっ……パパとママに会いたいなあ……ぐすっ……」



 ◆



 午前六時五〇分───。

 坂口は車の運転席でガラケーでメールを書いていた。



 宛先:☆ Unknown

 Cc/Bcc、差出人:megane@─────

 件名:七〇〇

─────────────────────

 Unknown 様


 ①②③準備完了。

 帰還予定。


 眼鏡



 坂口はメールを送り、膝の上にガラケーを置き、バックミラーに映る自分の怯えた顔を見た。ブルルとガラケーのバイブ音が鳴り、彼女は受信したメールを開いた。



 差出人:☆ Unknown

 宛先:megane@─────

 件名:Re.七〇〇

─────────────────────

 眼鏡 様


 承知しました。

 帰還してください。


 Unknown



「ほんとうに……」


 坂口は心底悔やむようにして言った。


「ごめんなさい……」


 ネックレスをギュッと掴み、助手席にガラケーを置いた。坂口は車のハンドルを握り締め、怒りをあらわにしてハンドルをたたいた。



 ◆



 午前七時〇〇分。

 田園都市ユートピア、第三地区内 第二施設 関東支部 本部、中央監視制御室───。


 職員の男はポケットからUSBユーエスビーメモリを取り出し、デスクトップに接続した。パソコンの画面上に小さくラスト・ジャッジメントを実行しますか? OK or NOと表示され、男はすぐさまOKをクリックした。するとパーセンテージがゼロから溜まり始め、周囲の状況に多少なりと翻弄されながら数分後、ゲージが一〇〇パーセントになった。何事もなかったかのように、男はUSBメモリを引き抜いてポケットにしまい、席を外して、同僚の挨拶も返さず、一人その場をあとにした。



 ◆



 午前七時四十二分。

 田園都市ユートピア、第二地区A区画タワーマンションの一室───。

 男は寝室のベッド上に装備一式を並べた。


 ・リュックサック 一

   中身)

    転榴弾 一〇個

    閃撃弾せんげきだん 二本

    発煙弾 二本


 ・ライフルケース 一

   中身)

    薪割り斧 二本


 ・アタッシュケース 一

   中身)

    手斧 二本


 男はもとの場所に装備を戻してリュックサックを背負い、両手にケースを持って玄関に移った。玄関で軍用スニーカーを履き、玄関にケースを置き、部屋に戻ってダイニングテーブルの席に着く。男はポケットからガラケーを取り出してメールを書き始めた。



 宛先:Unknown

 Cc/Bcc、差出人:dazai@─────

 件名:九〇〇

─────────────────────


 通行証受取済。

 ③準備のため、帰宅。

 待機後、指定位置に移動。


 太宰だざい



 太宰はダイニングテーブルでコーヒーを飲みながらくつろいでメールの返信を待った。ブルルとガラケーに受信があり、メールを開く。



 差出人:Unknown

 宛先:dazai@─────

 件名:Re.九〇〇

─────────────────────

 太宰 様


 ご連絡ありがとうございます。

 心より祈っております。


 Unknown



「捨て駒だと思ってるくせによ」


 太宰はぶつくさと愚痴りながらキッチンに歩いて行き、ガラケーからSIMシムカードを引き抜いて、真っ二つにガラケーを割った。次いで、それらをタイマー式のプラスチック爆弾の隣に置き、午前八時三〇分にタイマーをセットした。


「コーヒー飲んだら行くか」


 太宰は呑気にそう言いながらダイニングテーブルの席へ戻った。

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