16 サプライズアタック
翌日。
八月八日、午前三時〇〇分、中部地方某山沿いの町───。
家々の明かりは消え、夜の静けさの中、大人たちが山の奥へ次々と車を走らせた。山の麓に構えた立派な教会の駐車場には、数十台の業務用トラックと軍用車両が置かれている。大型テントが軒並みに立てられ、目立たないように光学迷彩のシートがトラックや車両、テントの上に被せられていた。テントの中には機関銃やそれに付随する銃弾、平坦地戦用転榴弾などの武器が用意されていた。
教会の地下室では迷彩服を着た作業員二十名が各々のデスクに座り、パソコンのキーボードをカタカタと叩いていた。
教会の大広間には空の玉座があった。大広間の入り口から玉座に向かって赤い絨毯が引かれている。絨毯をまたぐようにして、縦一列四〇名の列が横に一〇列あり、総勢四〇〇名の部隊員が整列していた。先頭の一列目以外の部隊員が特殊なボディアーマーとヘルメットを装着し、カモフラージュとして服装と装備品の色は市街地戦用の迷彩色に統一されている。部隊員の視線が大広間の壁にある大型スクリーンに注がれていた。
パァン───と、大型スクリーンに人影が映った。人影は言った。
「彼の姿が見えませんが、もう向かいましたか?」
先頭に立っていた一人の部隊長がそれに答えた。
「はい、向かいました!」
「そうですか……」
人影は言った。
「彼に神のご加護を……さあ、皆さんで祈りましょう」
部隊員たちはその場で祈り始めた。
「「Annihilate the evil world, and let there be light for my children.(悪しき世界を無に帰せ、我が子らに光あれ。)」」
◆
同日、午前三時五十四分───。
五台の黒い車が田園都市ユートピアの職員専用道路を使い、第一地区と外側との境にある検問所を抜けて近くの飛行場へ向かっていた。先頭から三台目、車の後部座席には氏家 千春の父である氏家 兼光防衛大臣とその秘書が乗っていた。運転席と助手席にはSPが同席している。第一地区 第二施設関東支部 本部に設置されたヘリポートは花火大会の打ち上げ台として使用されたため、氏家らは近くの飛行場で政府専用機に乗り、九州まで行こうとしていた。
「あとどれくらいだ?」
氏家は葉巻を味わいながら言った。氏家の隣に座っていた秘書がせかせかと到着時刻を調べていると、
「飛行場まであと三〇分はありますよ!」
運転席のSPがバックミラーに映っていた氏家に声をかけた。助手席のSPが余計なことを口にする。
「娘さん、やっぱり日向家の長男でしたね」
「よりにもよって、日向 一幸の息子を好きになるとは……」
氏家はアームレストに肘をつき、頭を抱えて、娘のことを思った。その様子を見かねて、運転席に座っていたSPが器用にも前方と後方の車間距離を気にしながら話題を変えた。
「にしても、田園都市ユートピアの花火は全国一位の規模を誇るんじゃないですか? なんせ花火六万発ですよ⁉︎」
「急遽、決まりましたからねえ。大変でしたよ……」
と秘書が苦笑いで言った。
「今年の夏はどこも花火大会が中止になったからな。せめてと思ったが、花火師さんには無理を言った」
氏家はそう言って灰皿に葉巻を押し当てた。
彼らの目的地である飛行場から約五キロのところ、大柄の男が複雑に交差している高速道路のガードレール上で仁王立ちになって二つ下の道路を眺めていた。男はふつふつと苛立ちを覚えていた。
「待たせやがって、予定より二〇分遅れじゃねえか」
男はそう言って彼らの車を目視で確認した。先頭車両が二〇〇メートル先まで迫って来ると、男はガードレールからのそっと飛び降り、その勢いのまま先頭車両のボンネットへ突っ込んだ。男によって先頭車両のバンパーが大きく歪み大破したかと思えばエンジンに着火、爆発に乗客が巻き込まれた。先頭車両の惨状に二台目の車が急ブレーキをかけると後続車に連鎖した。幸いにも、氏家はシートベルトをしており、手元にあった二本目の葉巻を落とすだけで済んだ。
「氏家先生! 大丈夫ですか⁉︎」
助手席のSPがシートベルトを外し、身を乗り出して後部座席を覗いた。
「ああ、大丈夫だ。何が起きているんだ?」
「先頭の警護車両がやられました!」
と言って、運転席に座っているSPが胸元のマイクに向かって状況の把握を仕切りに行った。
「……了解! 後方にバックします!」
運転席のSPがそう言って車を後方にバックさせた。すれ違うようにして、四台目と五台目が前進して行った。氏家の乗っていた車はその場で半回転し、逆走する形で現場を離れた。
「ラスト・ジャッジメントか⁉︎」
氏家が怒鳴った。
「おそらく!」
と助手席のSPは切迫しながら答える。
「敵は一人、または複数の可能性があります! これより緊急事態の対処に移ります! 一度、この場からできる限り離れます! それから近くの出口で高速を下ります!」
先頭車両が爆発した現場より───。
大柄の男は爆炎の中から現れ、二台目の警護車両から降りた数人のSPから銃弾を浴びせられていた。しかし、男には一切効かず、堂々たるその姿がSPたちには怪物のように映っていた。四台目と五台目からもSPが合流し、中には能力が使える者いたが、男に一人また一人とねじ伏せられていった。気付けば、男の周りには誰も立ち向かう者はいなくなり、車の燃えた炎があたりの血溜まりを照らし出していた。
男は硝煙の残り香に嫌気がさし、舌打ちしてターゲットが乗っている車両を追った。




