18 ウェイブアタック
八時二十三分。
田園都市ユートピア、第一地区外西側検問所から一〇〇メートル離れた場所より───。
「人権の侵害だ!」
デモ隊がプラカードや看板を掲げて抗議していた。
「監獄だ! 即刻、撤収しろ!」
武装した警備員が不機嫌な表情を浮かべていた。みなさん、解散してください! と注意する。デモ隊の一人がそれに面と向かって罵倒した。先にデモ隊が手を出し始めて、やがて取っ組み合いに発展し、警備員とデモ隊が揉みくちゃになってしまった。そんな光景にカメラを向ける記者が二人いた。カメラを持った男が言った。
「撮り高エグいな。こうも絵になると、現政権も地に落とせるぜ」
「何人か雇って良かったですね……」
もう一人の記者はそう言って停車していた車を指さした。
「先輩! あれ見てください!」
「あ?」
男はそう言われてカメラを向けた。数枚のシャッターが切られる。カシャ、カシャ、カシャ、パキッ───と最後にカメラのレンズが割れて真っ白になった。
一〇分前。
第一地区外西側検問所職員専用道路前───。
検問所には一般道と職員専用道路が通っている。一般道では通常の高速道路に点在するような料金所が設置され、通行料はかからないものの検問所として身分証の提示が義務付けられていた。一方、職員専用道路の検問には重装備の警備員が数十人体制で任に就いていた。常時、道路の脇には数台の歩兵戦闘車が停車していた。
職員専用道路の前で若い警備員が嬉しそうに言った。
「今夜は彼女とデートするんですよ!」
隣に立っていた上司が助言した。
「あんまり羽目をハズすなよ。プロポーズは?」
「考えてはいますけど、もう少し先になると思います……」
若い警備員はそう言い終え、職員専用道路入口に真っ直ぐ向かう赤い車を見つけた。赤い車は検問所より一〇〇メートル手前から徐行し、警備員たちの前で停車した。さらに五〇メートル後方見慣れない数台の軍用車両が同じように停車。
検問所で働く警備員たちは職員専用道路に通う車種、ナンバープレートから乗車している人物、あらゆる特徴を頭に叩き込んでいた。当然、そこにいた警備員たちはその車に対して不審に思い、役割として、若い警備員は上司に確認を取り、二〇式五・五六ミリ小銃を低く構えながら赤い車の前まで歩き始めた。運転席側のサイドガラスをノックする。サイドガラスが下ろされ、若い警備員は疑うようにして確認した。
「身分証を提示してください」
運転席に座っている男は落ち着きがなく、ぶつぶつと独り言を呟き、ハンドルを強く握りしめていた。その異常なまでの挙動に若い警備員は動揺した。フロントガラスには一枚の写真が飾られていた。運転手の男と妻、その娘が仲睦まじく映っていた。
「───神は、最も偉大なり……神よ、家族を救いたまえ……」
男は深刻な表情を浮かべて独り言を続けていた。経験上、これまでに前例のない出来事を前にして、若い警備員は戸惑いを覚えたが、適切な対処としては、まず男を下車させるか、もしくは上司を呼んであいだに入ってもらうか、そのどちらかを瞬時に考えた。
同じくして、数十個の影が若い警備員の下を通って行った。彼はそれに気付き、頭上を見上げた。数十台のドローンが遥か上空を通過し、第一地区の敷地内に難なく侵入しているのが見えた。若い警備員の額に一筋の汗が流れる。彼は危険を察知して運転手の男に、
「車から降りろ!」
と大声で指示して二〇式五・五六ミリ小銃を構えた。その声に他の警備員も反応し、若い警備員のもとへ駆け出した。若い警備員は応援を要請した。
「先輩! 来てく───!」
一瞬、赤い車の後部座席から眩い閃光が放たれたかと思えば、
ドゥオ"─────ン"!
と突然、車が木っ端微塵に爆破した。衝撃が半径一〇〇メートルにも及び、職員専用道路で勤務していた警備員がことごとく巻き込まれた。爆発した場所から一〇〇メートル離れていた位置に集まっていたデモ隊はその場に倒れ込み、記者が持っていたカメラのレンズを粉々に割った。車の破片に混じり、血と肉片が空から雨のように降った。
視界が砂埃で悪くなっていた。
デモ隊は腰を抜かし、身動きが取れずにいた。デモ隊に隠れていた数人のテロリストが大型リュックサックから折り畳み式アサルトライフルを取り出し、動揺している警備員に向かって発砲した。
検問所付近、職員専用道路の後方で待機していた身元不明の軍用車両から数人のテロリストがアサルトライフルを構えて外に出た。前方、検問所の警備員を正確に鎮圧していった。
警備員たちは爆破の衝撃に当てられ、立ち眩みや耳鳴りに耐えながらもその場に立ち上がり、現状の把握に努め、何者かに攻撃されていることをお互いに大声で共有したのち、敵に対して射撃したが反撃も虚しく、テロリストに一発も当たらなかった。警備員たちの放った電撃弾がテロリストの一メートルを境になぜか消失したのだ。警備員たちは実弾を装弾して、再度、発砲したが同様であった。
爆発した位置より五〇メートル付近、一般道で待機していた八台の大型トラックが一斉に動き出し、前方車両のあいだを押し退けて混沌としている検問所へ突っ込んだ。
◆
午前八時三〇分。
第二地区内B区画、B区画併設型教育学校屋上───。
防壁の四方で爆発音が数回した。
「合図だ……」
田中はKRISS Vector を上空に構え、地面にチョークで描いた図を頼りに、防壁の防空システムと街中にある監視カメラの位置を頭の中でイメージした。
「やらなきゃ!……やらなきゃ!……やらなきゃ!」
自分を鼓舞するようにして、田中は息を荒くしながらも叫んだ。
「『絶対不可避』!」
KRISS Vector の引き金を引いた。すると、銃口からリミッターの外れた白い光が大空に散った。
◆
同時刻。
田園都市ユートピア、第三地区内 第二施設関東支部 本部、中央監視制御室───。
四時間前より氏家 兼光防衛大臣がラスト・ジャッジメントの何者かに殺害されたことが上層部にも報告が上がっていた。現場には数十人体制で第二施設関東支部 本部の職員が派遣され、直後、詳細の伏せられた事故のみがニュースで報道されていた。上層部は組織内で混乱を避けるため、一度、共有することを保留としていたが、各警備員に対しては武装することを義務付けた。
第一地区の各検問所では、同時多発的に起きた自爆テロにより、中央監視制御室では警報アラームが鳴り響いていた。警備員から瞬時に上げられた報告では、自爆テロだけでなく、数百台のドローン、数台のトラックならびに身元不明の軍用車両が第一地区の敷地内に侵入されたことが報告された。ドローンに関しては、防壁の防空システムが正常に機能していないこと、また、第三地区以外の防壁シャッターシステムが自動手動共に作動しないことが発覚。加えて、緊急時に用意された緊急事態用の警報アラームも全地区には鳴らないことが確認された。至急、職員たちは対応に追われたのである。
◆
午前八時五十二分。
田園都市ユートピア、第二地区外南側検問所より───。
第一地区内南側検問所の方角から黒い煙が立ち昇っていた。数回の爆発音を聞いた警備員たちは緊急事態における対応に追われた。防壁下、一般道の出入り口を封鎖した。今にも通ろうとしていた車は停車させ、乗っていた乗客を近くのシェルターに避難誘導させた。次に、防壁の出入り口に防衛用として大型のシャッターが下ろされる手筈であったが、自動手動でも動くことはなかった。
「どうですか? 動きそうですか?」
中央監視制御室から連絡が繋がっていた。警備員たちは検問所の操作室で指示を受けていた。
「手動でもやってみましたが、全然、動く気配がないですね。───はい。───承知しました」
中央監視制御室との連絡が切れ、一人の警備員が怒鳴った。
「クソ! どうしてシャッターが降りねえんだよ!」
外で勤務していた警備員たちは二〇式五・五六ミリ小銃を所持していた。遠方より上空から数台の飛行物体が目視で確認できた。
「報告のあったドローンだ!」
次第に距離が縮まり、ドローンの飛行音が大きくなる。
「こっちに向かって来てるぞ! 撃ち落とせ!」
ズダダダ!───と警備員たちはドローンを撃ち落とそうとしたが、小さな的は高速で動いていたので当たらないでいた。八〇〇メートル先から軍用車両が職員専用道路を、数台のトラックが一般道に停車していた車のあいだを通って検問所へ迫っていた。数人の警備員がそれに気付き、一人の警備員が無線機で報告しようと一瞬だけ銃口を下す。その隙を狙い、一台のドローンがその警備員に体当たりした。
ドガァ─────ン!
と見るも無惨に爆発した。
◆
午前九時〇〇時。
第二地区A区画、地下鉄ホーム───。
田園都市ユートピアの地下には地下鉄が幾重も設けられていた。その中で地図にもない、作業員も近寄らないA区画旧通路の跡地が残されていた。その行き先には第三地区 第二施設関東支部 本部の地下にある閉鎖された区域があった。
A区画旧通路跡地はシャッターで閉ざされ、太宰は“眼鏡”から受け取った身分証を操作パネルにかざした。ピピッと音が鳴り、シャッターが開く。
太宰は地面に置いてある荷物を開いた。斧用のハーネスを身に着け、手斧二本を腰に携え、背中に薪割り斧をかける。その上からリュックサックを背負い直し、もう一本の薪割り斧を片手に持ち、A区画旧通路跡地を歩いて行った。
「なんだったか……」
太宰はそう言って鼻歌を歌い始めた。その音階が徐々に言葉となって表される。
「夕焼け小焼けの、赤蜻蛉……負われて見たのはいつの日か……」
彼の声が薄暗い通路の奥へ響いていた。




