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YEHI OR/イェヒ・オール  作者: 海風 野花
序章:啓示現象
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02 啓示現象


 二日後───。

 東京都渋谷区渋谷スクランブル交差点。

 路地裏のゴミ集積所からはみ出たビニール袋の先を黒いカラスが突いていた。白い野良猫が路上へ飛び出し、肥え太ったネズミを追いかける。広場でくつろいでいた鳩がそれに驚いてバタバタと飛び立ち、灰色の羽がひらひらと舞った。車も人影も途絶えた交差点に残ったのは、ビルに取り付けられた大型ビジョンの音だけだった。

 女のアナウンサーが切迫した様子で話している。


「───現在、国内ならびに世界各地で急増している症状に対して、先ほど、WHO(世界保健機関)が会見を開きました。


 WHOはこの未知の症状を“啓示現象《けいじげんしょう》”と命名しました。この症状には、耳鳴りに一時的な頭痛、嘔吐後、幻覚を伴います。また、この症状の感染経路について、濃厚接触による感染リスクは極めて低いとの見解です。


 各国と同様、日本政府も緊急事態宣言を発令し、啓示現象に対処するため、全国に七つの施設を設けました。啓示現象の症状がある方は、速やかに、お住まいの近くにある施設へ受診してください。


 各施設の紹介につきましては、厚生労働省と内閣感染症危機管理総括庁のホームページを参考に、次のコーナーでご紹介いたします」




 五日後───。

 ISS:国際宇宙ステーション、船内。


「Hey《ヘイ》! Look《ルック》 at《アット》 that《ザット》!(おい! あれを見てくれ!)」


 一人の技術者が船外に指さした。

 人類がこれまでに作り上げたどんな創造物よりも、地球の大陸や大海原を遥かに凌駕《りょうが》する巨大な何かが分厚い窓の向こうにあった。船内にいた複数の技術者がその光景を唖然として見ている。その中の一人、腕に抱えていたノートブックの画面上では、国連総会緊急特別会合が始まろうとしていた。



 七月十八日、午前九時四十五分。

 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウン、国連総会緊急特別会合。

 フラッグポールに取り付けられた各国の旗が青空にはためいていた。施設内には多くの人々が様々な言語で会話をしている。時間が迫り、順に席へ着いていく。

 二階の関係者会場ではテレビカメラが設置され、舞台に向けられていた。舞台脇から一人の男が現れて登壇し、マイクの位置を決め、ひと呼吸して話し始めた。


「

 本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。本会の議事進行を務めさせていただきます、アレス・メルクーリと申します。


 私の知る限り、歴史上、これだけの面々が集まったことは一度もありませんでした。非加盟国を含めた全政府の同意をいただき、今回は多くのメディアの方々にもお越しいただいております。


 さて、今回の議題は、世界中で起きている啓示現象について扱いたいと思います。現時点での推定では、世界人口の約数パーセント───約三億人が啓示現象を体験していることになります。その半数になんらかの能力、または特異体質を発現しています。今後も啓示現象を受ける方々が増加することでしょう。各国政府の迅速な対応により、症状のある方々の尊厳と権利を尊重し、公正で論理的な観点から、人道的かつ道徳的な管理が行われました。


 既にご存知かと思いますが、啓示現象の初期症状には共通点がございます。耳鳴り、頭痛、嘔吐、そして幻覚。その幻覚について、一致している点がございます。皆一様に同じ数字を口にするのです。


 120.63.9801.99.0───と。


 本会、これらのことについて、ご説明していただきたい方々がいます。私、アレス・メルクーリは、非加盟国を含めた全政府の同意を受け、発言させていただきます。私たちは、彼らのことを受け入れ、共に歩む所存です。


 では、ご登壇ください───」


 アレスは舞台の脇まで捌け、壇上の中央を見つめた。誰もいない壇上に全ての視線が注がれた。各国の代表、メディア関係者、カメラの向こうで地球全土の視聴者が見つめる中、それは静かに始まった。

 舞台の上に無数の小さな光がパラパラと散って、無数の光が互いに引き付けられるようにしてひとつの大きな光の渦が壇上に作られた。会場内にざわつきが起こり、カメラのフラッシュが焚《た》かれ始める。状況を把握していない人々はこれから何が起きるのか、今か今かと息を呑んで待った。

 光の渦から無数の星々を彷彿《ほうふつ》とさせる人影が現れ、そのあとから黒いスーツを着た男が舞台の上に登壇した。無数の星々を彷彿《ほうふつ》とさせる人影が話し始める。その言語は、明らかに人類のものではなかったが、全ての人間がその言語を理解した。


「

 人類の諸君、はじめまして。

 こうして接触できたことを、心より感謝の意を伝えたい。

 ありがとう

                      」


 黒いスーツを着た男だけが一礼をした。すると、カメラのフラッシュライトが絶え間なく焚かれた。その光は、無数の星々を彷彿とさせる人影の肌に反射することなく吸収されていった。


「

 我々の種族には名前がない。それだと君たちにとっては不便だろう。

 我々のことは、星の民《たみ》とでも呼ぶといい

                      」


 星の民は左手後方に立っていた黒いスーツを着た男に左手をかざした。


「

 ───彼の名は、ジャックだ

                      」


 紹介されたジャックは軽く会釈をした。星の民は続けた。


「

 早速ではあるが、二つのことを謝罪したい。

 第一に、この事象は、我々の監督不行届《かんとくふゆきとどき》であった。一週間前、一人の少女に啓示現象が起こり、これが引き金となって、今や多くの人々が見ていることだろう。君たちも見た啓示現象は、遥か昔、同様に我々も見た。もう少し早く、我々は君たちに対して、こうして公の場を設け、知らせるべきであったのかもしれない。


 第二に、我々は人類史に幾度となく干渉し、多くの影響を与えてきた。君たちが正規に辿るであろうはずの、本来の進化という過程を脅かした。

 我々は、君たちに対して、創造主や超越した存在の概念を植え付けたかったのだ。彼らは、我々にとっても創造主であり、君たちでいうところの神や天使に該当する。


 この二つのことは、我々のこれからの行動で償っていきたい

                      」


 星の民は、胸の前で左手を構えた。


「

 他の世界には、我々よりも遥かに超えた文明が存在する。だが、彼らでさえ、創造主には太刀打ちできなかった。君たちの見たあの映像は、創造主に消された文明の誰かであろう。


 君たちの頭の中にある数字についても説明しよう。我々はそれを啓示コードと呼んでいる。


 120、転送開始可能日が一年後であること。

 63、転送可能期間が五年間であること。

 9801、転送先へ送れる許容量であること。

 99、転送先へ正確に送れるかどうかの割合であること。

 0、転送先の位置であること。


 転送開始可能日と転送可能期間は、最初に啓示現象を受けた者から始まることが判明している。

 転送先に関していえば、ゼロよりも大きく、一よりも小さい正の数字が変わると転送先の拠点も変わるようになっている。転送先の拠点は決められているが、転送先からこの世界の地球へ帰りたいと願えば、同じように機能するだろう

                      」


 星の民は、胸の前で両手を広げた。


「

 君たちもこの世界の住人だ。ならば、君たちは我々と同じ家族である。国連、各国政府、自治体は、これより一年後、そこから五年間、選ばれてしまった者たちに多くの休息時間を与えてほしい。そして、我々と共にこの世界、家族を救うために立ち上がる者たちには、訓練する時間を与えてほしい。

 共に立ち向かう者たちには、そのときがあれば、頭の中の啓示コードをなぞればいい。そうすれば、目的地へ移動することができるだろう。だが、決して強制はしない。

 人類の諸君、我々を恐れないでほしい。そして、受け入れてほしい。我々は、これからも全面的に協力するつもりだ。

 君たちは、決して孤独ではない

                      」




─────────────────────


 転送開始可能日まで、───残り355日。


─────────────────────

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

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