02 啓示現象
二日後───。
七月十三日、午後十三時五十二分。
日本国東京都渋谷区渋谷スクランブル交差点。
路地裏のゴミ箱からはみ出たビニール袋の先を真っ黒なカラスが突いていた。白い野良猫が路上へ飛び出し、ぶくぶくと太ったネズミを追いかける。広場でくつろいでいた鳩がそれに驚いてバタバタと飛び立ち、羽がひらひらと舞った。車や人通りのなくなった交差点に残ったのは、ビルに取り付けられた大型モニターの音だけだった。女のアナウンサーが切迫した様子で話している。
「───現在、国内ならびに世界各地で診られている症状に対して、先ほど、WHO:世界保健機関が会見を開きました。
WHOはこの未知の症状に対して、正式名称を啓示現象と命名しました。この症状には、耳鳴りに一時的な頭痛、嘔吐後、幻覚を伴います。また、この症状の感染経路について、離活感染や空気感染しないとの見解です。
各国と同様、日本政府も緊急事態宣言を発令し、啓示現象に対処・対策するため、全国に七つの施設を設けました。啓示現象の症状がある方は、速やかに、お住まいの近くにある施設へ受診してください。
各施設の紹介につきましては、厚生労働省と内閣感染症危機管理総括庁のホームページを参考に、次のコーナーでご紹介いたします」
五日後───。
ISS:国際宇宙ステーション船内。
「おい……あれ、見ろよ」
一人の技術者が船外に指差した。分厚い窓の向こうに、人類がこれまでに作り上げたどんな創造物よりも巨大な何かがそこにはあった。船内にいた複数の技術者がその光景を唖然として見ている。その中の一人、腕に抱えていたノートブックの画面上では、国際連合総会緊急特別会が始まろうとしていた。
七月十八日、午前九時四十五分。
アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウン、国際連合総会緊急特別会。
国旗のポールに取り付けられた各国の旗が青空にはためいていた。会場内には多くの人々が様々な言語で会話をしている。時間が迫り、順に席へ着いていく。
二階の関係者会場ではテレビカメラが設置され、舞台に向けられていた。舞台脇から一人の男が現れて登壇する。男はスーツの身だしなみを整え、マイクの位置を決め、ひと呼吸して話し始めた。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。本会の議事進行を務めさせていただきます、アレス・メルクーリと申します。
私の知る限り、歴史上、これだけの面々が集まったことは一度もありませんでした。全政府の同意をいただき、今回は多くのメディアの方々にもお越しいただいております。
さて、今回の議題は、世界中で起きている啓示現象について扱いたいと思います。現在、確認されている中で、推定でも世界人口の約数パーセント、三億人が啓示現象を体験していることになります。その三億人のさらに一割程度になんらかの能力、または特異体質を発現させています。その数、数千万人と見込まれています。各国政府の迅速な対応により、症状のある方々の尊厳と権利を尊重し、公正で論理的な観点から、人道的かつ道徳的な管理が行われました。
すでにご存知かと思いますが、啓示現象の初期症状には共通点がございます。耳鳴り、頭痛、嘔吐、そして幻覚。その幻覚について、一致している点がございます。皆一様に、同じ数字を口にするのです。
“120.63.9801.99.0”───と。
本会、これらのことについて、ご説明していただきたい方々がいます。私、アレス・メルクーリは、全政府の同意を受け、発言させていただきます。私たちは、彼らのことを受け入れ、共に歩む所存です。
では、ご登壇ください───」
アレスは舞台の脇まで歩いて、その場で振り返り、舞台の中央を見つめた。誰もいない舞台の上に全ての視線が注がれた。各国の代表、メディア関係者、カメラの向こうにいる地球全土の視聴者が見つめる中、それはこくこくと始まった。
舞台の上に無数の小さな光がパラパラと散って、その光たちが互いに引き付けられるようにして大きくなっていった。やがて、光の渦が舞台の上に作られた。会場内にはざわつきが起こり、カメラのフラッシュがたかれ始める。全ての人間がそれを今か今かと息を呑んで待った。
なんの前触れもなく、光の渦から二人の人影が現れ、無数の星々を彷彿とさせる人型、あとから黒いスーツを着た男が舞台の上に登壇した。無数の星々を彷彿とさせる人型が話し始める。その言語は、明らかに人類のものではなかったが、カメラの向こうにいる視聴者、会場内にいた全ての人間がその言語を理解した。
「
人類の諸君、はじめまして。
こうして接触できたことを、心より感謝の意を伝えたい。
ありがとう
」
黒いスーツを着た男だけが一礼をした。すると、カメラのフラッシュライトが絶え間なくたかれた。その光は、無数の星々を彷彿とさせる人型の肌に反射することなく吸収されていった。
「
我々の種族には名前がない。それだと君たちにとっては不便だろう。
我々のことは、星の民とでも呼ぶといい。
」
星の民は左手後方に立っていた黒いスーツを着た男に左手をかざした。
「
───彼の名は、ジャックだ
」
紹介されたジャックは軽く会釈をするだけだった。星の民は続けた。
「
早速ではあるが、二つのことを謝罪したい。
第一に、この事象は、我々の監督不行届であった。一週間前、十五歳の女の子に啓示現象が起こり、それが引き金となって、今や多くの人々が見ていることだろう。君たちも見た啓示現象は、遥か昔、同様に我々も見た。もう少し早く、我々は君たちに対して、こうして公の場を設け、知らせるべきであったのかもしれない。
第二に、我々は人類史に幾度となく干渉し、多くの影響を与えてきた。君たちが正規にたどるであろうはずの、本来の進化という過程を脅かした。
我々は、君たちに対して、創造主や超越した存在の概念を植え付けたかったのだ。彼らは、我々にとっても創造主であり、君たちでいうところの神や天使に該当する。
この二つのことは、我々のこれからの行いで償いたい
」
星の民は、胸の前で左手を構えた。
「
他の世界には、我々よりも遥かに超えた文明が存在する。だが、彼らでさえ、創造主には敵わなかった。君たちの見たあの映像は、創造主に消された文明の誰かであろう。
君たちの頭の中にある数字についても説明しよう。“120.63.9801.99.0”───、我々はそれを啓示コードと呼んでいる。
“120”、転送開始可能日が一年後。
“63”、転送可能期間が五年間。
“9801”、転送先へ送れる許容量。
“99”、転送先へ正確に送れるかどうかのパーセンテージ。
“0”、転送先の位置。
“120”、“63”の期間は、最初に啓示現象を受けた者から始まることが判明している。
“0”の転送先に関していえば、“0”より大きく、プラス一よりも小さい正の数字が変わると、転送先の拠点も変わるようになっている。転送先の拠点は決められているが、転送先からこの世界の地球へ帰りたいと願えば、同様に機能するだろう
」
星の民は、胸の前で両手を広げた。
「
君たちもこの世界の住人だ。ならば、君たちは我々と同じ家族である。国連、各国の政府、自治体は、これより一年後、そこから五年間、不運にも選ばれてしまった者たちに多くの休息時間を与えてほしい。そして、我々と共にこの世界、家族を救うために立ち上がる者たちには、訓練する時間を与えてほしい。
共に立ち向かう者たちには、そのときがあれば、頭の中の啓示コードをなぞればいい。そうすれば、迎えが来るだろう。だが、決して強制はしない。
人類の諸君、我々を恐れないでほしい。そして、受け入れてほしい。我々は、これからも全面的に協力するつもりだ。
君たちは、孤独ではない
」
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転送開始可能日まで、───残り355日。
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