ねつ
丘へ続く道を、奇妙な一行が歩いていた。
先頭に、まひると太郎。そのあいだを、黒猫のククがのっそりと、白猫のキキがちょこちょこと。
と、キキの白いひげが、ぴくんと震えた。
「精霊のにおいがするにゃ。それも、すっごく古いにゃ」
道の先。黒い上下の男が、電柱にだらしなくもたれて立っていた。その足元に、制服姿の少女がひとり。男は、口が裂けそうなほど、豪快にあくびをしていた。
『嘘だろう』
ククの声が、半音、上ずった。
「あれ、知ってるにゃ‼」キキが飛び上がった。「いちばん最初に地上に降りてきた、大先輩の精霊にゃ。ずーっと行方不明だったにゃ‼」
黒服の男は、こちらに気づくと、けだるそうに片手を上げた。
「おー。後輩じゃん。何百年ぶり?」
「誰?」まひるが太郎の袖を引く。「あの、黒いおじさん」
少女が、一歩、前に出た。感情の読めない、静かな目で。
「私は、リラ。こっちは――」ちらりと男を見る。「名前は?」
「ない」男は、また、あくびをした。「落とした。数百年前に」
「使えねぇ精霊だ‼」まひると太郎の声が、きれいに揃った。
男は、めんどくさそうに、あたりを見回した。そして、道端に捨てられていた古い表札を、ひょいと拾い上げた。かすれた字で「宏由」と書いてある。
「じゃあ、これでいい。ヒロユ」
「拾い方が雑‼」
「適当が、いちばん長持ちすんの。知らんけど」
* * *
歩きながら、太郎が、ふと聞いた。
「なあ、ヒロユさん。精霊なら、ちょっと聞きたいんだけど。最近さ、そこらじゅうにクマ出るじゃん。俺もこの前、追いかけられたし。あれ、どうにかなんないの」
ヒロユは、歩きながら、半分まぶたを閉じたまま、答えた。
「あんなの......どっかの、ビル・なんとかっていう、世界一の金持ちがさ。小遣いくらい、ぽんと出せば、一発で解決すんの。......ふぁぁ〜」
「そんな簡単なのか?」
「人足と設備だろ。金じゃん」ヒロユは指をひらひらさせた。「センサーと、柵と、追い払う人手。ぜんぶ金で買える。難しい話、ひとつもねぇの」
「じゃあ、なんで解決しないのよ」まひるが口をとがらせる。
「まぁ、それを出すくらいの、熱が、誰にもないだけ」ヒロユは、大きく伸びをした。「......ふぁぁ」
「腑に落ちん」太郎が眉を寄せた。
ヒロユは、もう半分寝ながら続けた。
「じゃあ......全国民から、寄付でも、集めりゃいいじゃん。......集まんないだろうけど。みんな、他人事だもん」
「同情とか、こわさの......原液がさ。薄いんだよ。うすーいの。誰かが、たまたま、クマに追われた日だけ、ちょっと濃くなる。次の日には、また、薄まる」ヒロユの声が、だんだん小さくなっていく。「......その、薄いのを、どうにかすんのが......なんとか、って......知らんけど」
「知らんのかい‼」
「...... zzz」
歩きながら、寝た。
一同は、しばらく無言で、寝ながら歩く黒服の精霊を見ていた。
『この男が』ククがぼそりと言った。『私たちの、先輩だ』
「いちばん、当てにならないやつじゃん‼」まひるが叫ぶ。
「でも」リラが、前を向いたまま静かに言った。「たまに、いいこと言うでしょう。本人がいちばん、その"熱"を持ってないだけで」
ヒロユが、寝言をこぼした。
「......はっぱ......きん......いっぱい......」
「夢で余罪を増やすな‼」太郎がツッコむ。
* * *
「そうにゃ‼」キキが、思い出したようにしっぽを立てた。「わたしたち、いま"歪み"を追ってたにゃ。梨農園の、梨泥棒‼」
リラの静かな目が、すっと丘の向こうへ向いた。
「梨泥棒。防犯カメラ一台で終わる話を、毎年、誰もその一台を出さない。――ちょうどいいわね。その"薄い原液"、私たちで濃くしにいくの」
そして、リラは、隣で立ったまま眠っている精霊の袖を、ぐいと引っぱった。
「起きなさい、ヒロユ。仕事よ」
「......えー」
まひると太郎は、顔を見合わせた。
黒猫と、白猫と、なまけもののカラス。
謎の少女と、中学生と、服を買いに来ただけの大学生。
三人と三匹の、へんてこな一団が、夕暮れの丘を、梨農園へと、のぼっていく。
「なんで、俺まで」
『器に、拒否権はない』
「その設定まだ生きてんのかよ‼」




