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もどってこない

にらみ合いは、まだ続いていた。

販売機の上の白猫と、自転車のカゴの黒い球体。二体のあいだで、火花が散りそうだった。

「復讐の時なのにゃ‼」

白い猫が、ふんぞり返って宣言した。

『......あっ。お前』

球体――クク、と女の子が呼んだそいつが、ぼそっと言った。

「"あっ。お前"じゃないにゃ‼」

白猫が、毛を逆立てて飛び上がった。

「わたしを置いて、どこ行ってたにゃ‼ 『すぐ助けてくるにゃ』って言ったっきり、半年。半年だにゃ‼ わたしがずっとこの機械の中で、コインを入れられるたびに歌わされてた気持ち、わかるにゃ⁉」

『......腹が、減っていた』

「理由が軽いにゃ‼」

太郎と女の子は、並んで、口をあけて見ていた。

「なんか」と太郎。

「痴話げんかっぽい」と女の子。

その瞬間、ぽんっ、ぽんっ、と間の抜けた音がして、白い煙が二つ立ちのぼった。

煙が晴れると――ポップコーン販売機の上には、ぬいぐるみではなく、本物の白い子猫が座っていた。そして自転車のカゴの中では、丸い球体がぱかっと割れて、中から、つやつやした黒い子猫が、めんどくさそうに顔を出していた。

「え、猫だったの⁉」女の子がカゴを覗き込む。「さっきの丸いのは?」

『仮の姿だ。修行用の』

黒猫のククが、あくびをしながら、頭の中に直接、冷たい声を落としてくる。

「修行でボールになる意味ある⁉」太郎が叫ぶ。

『目立たない』

「めちゃくちゃ目立ってたが⁉」

白猫のキキが、ぴょんとポップコーン販売機から飛び降りて、二人の前でしっぽをぴんと立てた。

「説明するにゃ。わたしたちは、精霊にゃ。世界の"歪み"を直す修行のために、地上に降りてきたにゃ。本当はすぐに主を探すはずだったのに......」

キキの目が、うるうると潤む。

「このモール、楽しそうだったにゃ。そこのポップコーン屋さんの、白い子猫のマスコット......あの子、可愛くて、ずっと見てたら、なんだか、どうかしてしまって......気づいたら、わたし、あの機械の中に、入っちゃってたにゃ」

「マスコットに夢中になりすぎて機械に取り憑かれた精霊、聞いたことねぇよ」

「そしたらクク、『大丈夫にゃ、すぐ助けるにゃ』って言って、どっか行って......そのまま、もどってこないにゃ‼」

キキがまた黒猫にとびかかろうとするのを、女の子が首根っこをつかんで止めた。

「はいはい、ストップ。で、その二匹のけんかに、なんで私と、この変なお兄ちゃんが巻き込まれてるわけ?」

「変なお兄ちゃんじゃねぇ。太郎だ。大学生だ」

「私は、まひる。中二」

『お前たちは、器だ』

ククが、ごろんと横になりながら言った。

『私たちは、直接は世界をいじれん。修行中の身だからな。人間に"選ばせる"ことでしか、歪みは動かせん』

キキが、しっぽで太郎を指した。

「わたしは、人間に五枚の絵をフォーカスさせて、奇跡っぽいことを起こすにゃ。さっきお兄ちゃんが写真を五枚撮ったの、あれがわたしの力にゃ。......熊が出たのは、たまたまにゃ」

「たまたまで熊出すな‼」

『私は、三つ選択肢を出す』ククが続ける。『どれが出るかは、私も選べん。相手の"徳の残り"しだいだ。人間が、そのどれかに触れると、世界がそちらへ寄る』

「さっきの、虫取り網と怪獣と団子......」まひるがつぶやく。

『あの熊の徳では、あれが限界だった』

「熊に徳とかあんの⁉」

そして、ククの冷たい目が、すっと、まひるに向いた。

『そして――誰に選ばせるかを許すのは、そこの娘だ』

「え、私?」

『お前が"いい"と認めた人間だけが、カードに触れる資格を持つ。さっき、お前がその男に許可を出した。だから、あの男は団子を選べた』

まひるは、自分の手のひらを、まじまじと見た。

「なにその、めんどくさい権限」

四人と二匹――いや、二人と二匹は、しばらく黙った。ショッピングモールの三階、おもちゃコーナーの電子音が、のんきに鳴りひびいている。

「ねえ、クク」まひるが、ふと聞いた。「歪みを直すって、具体的には、何すんの」

ククは、少し目を細めて、いつもの平坦な声で言った。

『人間の歪みは、たいてい、金で片がつく。熊も、盗みも、たいていのことは、そう大した額じゃない。だが、誰も出さん。誰も、動かん。だから、溜まる』

一瞬、おもちゃ売り場の電子音が、遠くなった。

『――私たちの修行相手には、ちょうどいい』

まひるが、ぷっと吹き出した。

「その神さまが、世直しの前に半年サボってたんだけどね」

『......腹が、減っていた』

「その理由やめろ‼」太郎がツッコむ。

そのときだった。

キキの白いひげが、ぴくんと震えた。鼻を、ひくひくさせる。

「歪みのにおいが、するにゃ」

キキが、モールの窓の外――遠くの、なだらかな丘のほうを、じっと見た。

「あっちに、"甘い"歪みがあるにゃ。果物の、におい」

まひるが、あっ、と声をあげた。

「梨農園だ。うちの近所の。最近、夜な夜な梨を根こそぎ盗まれてるって、おじさんが泣いてたやつ」

『――行くか』

黒猫のククが、のっそりと立ち上がった。

太郎が、力なく空を仰いだ。

「なんで俺まで......。俺、ただモールに服買いに来ただけなんだけど」

『器に、拒否権はない』

「せめて敬語で巻き込め‼」


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