わけっこ
「一人で、やろうとするな」
それが、ククの最初の一言だった。
町はまだ片づきかけていた。透明な波が通るたびに、立ち上がった人が、また膝をつきかける。凛の一点の力は強かった。まっすぐぶつかれば、こちらが削れる。
「じゃあ、どうすんだよ‼」太郎が叫んだ。
『あいつは、力をぜんぶ一点に集めてる。自分一人に』ククが、椅子の凛を顎で示した。『だから強い。だから、脆い』
黒猫は、みんなを見回した。太郎。まひる。リラ。寝ぼけ眼のヒロユ。かごの男性。立ち上がった、町の人たち。
『こっちは、逆をやる。......分ける。ぜんぶ』
* * *
まひるが、まっさきに動いた。
けれど今度は、自分で一人ずつに「いいんだよ」と言って回るのではなかった。
まひるは、立ち上がった賽の目屋の男の手を握った。
「――おじさんに、"許可"をあげる」まひるは言った。「わたしの代わりに、"いいんだよ"って言ってあげて。隣の人に。......できる?」
男は目を丸くした。それから、隣で膝をついている若い女性の肩に、そっと手を置いた。
「......あんたも、片づけられなくて、いい。おれと同じで、いい」
女性の目に、光が戻った。立ち上がる。そしてその人が、また隣の人へ。
「――いいんだよ」
「――いいんだよ」
まひるの「いいんだよ」が、手から手へ渡っていった。一人が二人に、二人が四人に。まひる一人では絶対に間に合わなかった数の人に、「いいんだよ」が行き渡っていく。渡すたびに、渡した人の顔にも、少し、灯りがともる。
許可が、分けっこされていた。
* * *
「なるほどな」太郎が五枚を握った。
ただの紙に戻っていた五枚が、また、うっすらあたたかくなっていた。指の腹に、じん、と、小さな熱が戻ってくる。冷えて死んでいた板きれに、また火が入るみたいに。町のあちこちで人が自分で選びはじめたから。"選ぶ相手"が、戻ってきたから。
「俺の五枚も、一人で抱えとくもんじゃねぇな」太郎は、五枚から、二枚を抜いた。「リラ。ヒロユ。一枚ずつ持て。俺一人の熱より、みんなで分けたやつのほうが、たぶん遠くまで届く」
一枚を渡す。その瞬間、太郎の指先から相手の手のひらへ、あのじんとする熱が、つう、と移っていくのがわかった。かつて、キキから太郎の手へ、そうやって渡されたのと、同じ熱。今度は、太郎が、渡す側だった。
「......めんどくせ」ヒロユがあくびをした。
その手が、一度、町を片づける波のほうへ、ゆらりと上がりかけた。ひと押しで、ぜんぶ黙らせられる者の手つきで。――上げて、やめた。
かわりに、太郎の差し出した一枚を、受け取った。受け取った手のひらに、火が入る。「......ま、押し通すよりは、ましか」
リラも、一枚を受け取った。造られた手のひらに、借り物の熱が、じんとしみる。
「わたしは、消す力を持ってる」リラは、その一枚を見た。「でも今日は、使わない。......代わりに、これを。誰かに選ばせるほうを」
かごの男性が、静かにうなずいた。収める手で、人を戻しながら。
力が、分けっこされていた。誰も、一点に集めなかった。
* * *
けれど、分けた力を束ねて凛の一点へぶつけ返すには、まん中に一つ、芯がいった。ばらばらの熱を通して出力する、一本の芯が。
『......キキ』ククが、白い子猫を見た。
「にゃ?」
『来い』
キキが、ととと、と駆けてきて、黒猫の隣に並んだ。
黒猫は、昔のまっしろな記憶の持ち主のまま。キキとどんな時間を過ごしたのか、なんにも思い出せないまま。それでも。
『昔のことは、なんにも思い出せない』黒猫は言った。『お前とどう笑ったのかも、どうけんかしたのかも。ぜんぶ、まっしろだ』
「......クク」
『でも、今のお前のことは知ってる』黒猫の声は平坦だった。けれどその奥に、たしかな温度があった。『うるさくて、すぐ収まりたがって。......なのに、俺がへこんでると隣に座るやつ。それだけ思い出せてれば、じゅうぶんだ』
黒猫と白猫が、鼻をこつん、とくっつけた。
その一点から、光が生まれた。
思い出せない過去の上に、たった今、積み上げた絆。データじゃない、熱。その熱が、分けっこされた町じゅうのみんなの力を、一本に束ねて――
* * *
椅子の凛の、まぶたがぴくりと動いた。
「......なにこれ」
はじめて、凛の声に余裕がなかった。
町じゅうから、無数の細い光が集まってくる。一点の大きな力じゃない。ばらばらの、小さな、たくさんの熱が、手をつないで押し返してくる。一本ずつは、頼りないくらい細い。折れそうなくらい、小さい。それが、何十、何百と束になって、太い一点の力を、じり、と押し戻していく。
凛の一点の力が、その無数の熱に、じり、と押された。
「嘘でしょ」凛が目を開けた。「一人ずつの、こんなしょうもない光が。......なんで」
『しょうもないのが、いちばん強いんだよ』ククが言った。『......昔から知ってたはずだ。お前も』
* * *
町の片づきが、止まった。
透明な波が押し返されて、広場の椅子のまわりまで退いていく。立ち上がった人たちが、手をつないだまま、じっと椅子のほうを見ていた。
まだ終わってはいなかった。凛は、まだ椅子に座っていた。力は、まだ椅子からあふれていた。
でも、町はもう、片づけられていなかった。
「押し返した」まひるが、息をつく。
「ここからにゃ‼ あのいじっぱりを、椅子からどかすにゃ」キキが、鼻をくっつけたまま叫んだ。
『どかす、って言うほど、簡単じゃ』ククが呆れた。
「かんたんにゃ‼ わけっこして、みんなでひっぱれば、いいにゃ」
太郎が噴き出した。
「お前の、そのなんも考えてない感じ、今日はちょっと頼もしいな」
「でしょにゃ‼」
椅子のまわりに、退いた波が渦を巻いていた。
決着は、もうすぐそこだった。




