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15/27

れじ

そのスーパーは、半年前に潰れたはずだった。

「サンマート」の看板は電球がいくつか切れて「サ マ ト」になっている。シャッターは半分下りたまま錆びついていた。なのに深夜、その半分下りたシャッターの奥から、光が漏れて、音がしていた。

ピッ。ピッ。ピッ。

会計の音だった。

太郎たちがシャッターをくぐると、無人の店内で一台のレジだけが動いていた。誰も立っていないのに、商品が一つずつひとりでにスキャンされていく。カゴもない。客もいない。ただレシートのロール紙だけがレジの口から吐き出され続け、床にとぐろを巻いて、うずたかく溢れていた。

太郎は、いちばん上のレシートの合計欄を見た。

「九億、超えてんぞ」

「なにを九億ぶん買ったにゃ」キキが紙の山に埋もれかけながら言った。

*  *  *

『歪みだな』ククがあくびをした。『"清算"だけが止まらなくなってる。誰も買ってないのに、勘定だけが走り続けてるんだ』

「止め方は?」まひるが聞いた。

『さあな。手順がいる。私の柄じゃない』

そのとき、リラが前に出た。

いつも一歩引いて、置物みたいに立っているだけのリラが、すっとレジの前に立った。動くレジをじっと見る。まばたきひとつしなかった。

「三千二百四十一番目の商品で、一度エラーが出ている」リラは床のロール紙を目でたどった。指では触れない。視線だけで、正確に位置を割り出していく。「そこで清算が確定できず、以降ずっと同じ一点を繰り返し数え続けている。止めるなら、その一点を清算しきればいい」

すらすらと、感情の乗らない声だった。まるで機械が自分の中身を読み上げるみたいに。

太郎とまひるは、一瞬だまった。

「リラ」まひるが小さく言った。「よく、そんなにすぐ分かるね」

「見れば分かる」リラはまひるのほうを見なかった。「これは、そういう風にできているから」

*  *  *

その"三千二百四十一番目"は、床に落ちていた。

一枚の割引シールだった。半額の、赤いシール。半年前の閉店セールのとき、誰かが商品から剥がして貼り忘れた、宙ぶらりんの一枚。売られも、捨てられもしなかった値段だ。

「これか」まひるはその赤いシールを拾い上げた。

しばらく、それを見ていた。手の中で、赤がやけに軽い。

「......これ、清算しちゃっていいのかな」と言った。「誰かの、売れ残りの半年が、これで、ちゃんと終わっちゃう」

それでも、手のひらをレジのほうへ向けた。

「――これで最後。ちゃんと清算していいよ」

ピッ。

最後の一音が鳴った。

レジがすうっと静かになる。吐き出され続けていたロール紙が、ぴたりと止まった。九億のレシートは、ただの紙くずの山になって床に残された。

*  *  *

「ふう」太郎が紙の山を軽く蹴った。「毎回、しょうもない一点だな。歪みの正体って」

まひるは、まだリラを見ていた。

さっきレジを読んでいたときの、あのまばたきをしない目。感情の乗らない声。人がああいう風にものを見るところを、まひるは見たことがなかった。

「ねえ、リラ」

まひるは素のまま聞いた。

「リラって、こわくないの? そういう変なやつら見ても」

リラは答えなかった。

一拍。二拍。

「......こわい、って」ようやくリラは言った。少しだけ遅れて。「どういう、感じ?」

まひるは、うまく答えられなかった。

そのとき。店の外の暗がりで、ころん、と小さな硬いものが転がる音がした。ガラス玉がアスファルトをひとつ跳ねたような音だ。

キキのひげが、ぴんと張った。

「いまの」

『気のせいだ』ククが素早く言った。いつもより少し早口で。

外を見に行く者はいなかった。ただその音は、聞き覚えがあった。梨畑で一度、聞いた音に。

*  *  *

帰り道、まひるはずっと考えていた。

「こわいってどういう感じ」――リラのあの一拍遅れの問い返しが、なぜか耳に残っていた。


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