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11/27

はこ

それは、もう事故みたいな速さだった。

宅配の、物流倉庫。何本ものベルトコンベアが、低いうなりを上げて、荷物を運んでいく。仕分けのアームが、右へ左へ、休みなく荷を弾く。伝票を読むスキャナーの赤い光が、規則正しく点滅する。その、荷物の川の、真ん中に。

白い子猫が一匹、ころんと仰向けで、流れていた。ほかの段ボールと、まったく同じ速さで。

「キキ‼」

太郎が走る。だが、コンベアは金網の向こう。指をかけて揺すっても、冷たい格子が、がしゃがしゃ鳴るだけで、追いつけない。

キキの両脇に、機械のアームが、すっと伸びた。ぱたん、ぱたん、と段ボールの側面が組み上がって、器用にキキを包む。ガムテープが、しゃっ、と一息に走った。ぺたり、と伝票が貼られる。

【 天 国 ・ 御 中 】

「宛先が、不穏すぎんだろ‼」

*  *  *

まひるが、非常停止ボタンを探して走り回る。壁じゅうの赤いボタンは、どれも配線が切れて死んでいる。太郎が金網を揺する。

そして、クク――黒猫は。

その場から、すっと一歩、退いていた。

「クク‼ なにやってんだ、お前。手伝え‼」

『知らん』

「はぁ⁉」

『面倒だ』ククは目をそらした。『腹も、減った』

まひるが振り返る。「クク、あんた、」

『――こういうのは』

ククの声が、一瞬、いつもと違った。低くて、平坦なのに、どこか固い。

『......関わると、ろくなことにならない』

それだけ言って、黒猫はまた目を伏せた。

太郎は一瞬、その横顔にひっかかった。今のは、めんどくさがってる、っていうより――

でも、考えている暇はなかった。箱が、搬出口へ近づいていく。ゴム幕の垂れた、暗い四角い口へ。

*  *  *

箱の中から、くぐもった声がした。

「......いいにゃ、もう」

キキだった。

「どうせ、わたし、また、いなくなるやつ、だし。......クク、腹、減ってるなら、先、食べてて、いいにゃ」

ベルトのうなりだけが、やけに大きく聞こえた。

太郎がキレた。「よくねぇよ‼ なに、聞き分け、よくなってんだ‼」

そして。

黒猫の尻尾が、ぴくりと跳ねた。

ゆらり、と黒猫が顔を上げる。目が、すっと細くなった。心底めんどくさそうで、そのくせ、ちょっとムッとしていた。

『......"先に食べてて"、じゃ、ないだろ』

『腹が減ってるかどうかで、決めてやってたわけじゃ、ない』

低く吐き捨てて、黒猫はめんどくさそうに、けれどまっすぐ、コンベアへ歩き出した。

*  *  *

『太郎』クク。宙に三枚。今度は、雑じゃなかった。一枚ずつ、くっきりと。【箱を破く】【ベルトを止める】【ぜんぶ、逆に回す】。

「逆⁉」

『キキ。おい』ククが、コンベアの上の箱へ、短く言う。『まだ、力、貸せるだろ』

箱の中で、キキが、はっとした。

「......っ、うん‼ 太郎‼ 撮るにゃ、五枚‼」

その瞬間、太郎のスマホが、じんと熱を持った。手のひらに、しびれるような熱が伝わってくる。授かる、いつもの感触。冷たかった板きれに、火が入ったみたいに。借りた力が、指先まで満ちる。

太郎は、考えるより先に、いちばん変なものにピントを合わせていた。逆回りの――そう、あの日直せなかった、頭の隅にこびりついていた逆回りの時計。その残像みたいに。ベルトを噛む、大きな歯車へ。

パシャ。パシャ。パシャ。パシャ。パシャ。

「まひる‼」

「うん‼ ――これ。ぜんぶ、逆に回す‼」

まひるが、三枚目のカードを、ばちん、と叩いた。

ぐん、と。倉庫じゅうのコンベアが、いっせいに逆回転をはじめる。

うなる機械。逆流していく、荷物の川。仕分けのアームが、慌てたみたいに逆向きに動く。その流れに乗って。

【天国・御中】の箱が、するすると戻ってきた。搬出口とは逆へ。まっすぐ、みんなの足元へ。

ぽすん。

黒猫の前で、箱が止まった。

前足で、ひょい、と蓋を開ける。

中で、キキが目を白黒させていた。

「......もどって、きたにゃ」

『当たり前だ』

*  *  *

倉庫の非常灯が、点滅している。荷物はあらかた逆流して、床に散らばった。あとで、絶対、怒られるやつだ。

キキが箱から這い出て、黒猫を見た。

「......クク」

『言うな』

「まだ、なにも、」

『借りは、返した』ぷい、と黒猫はそっぽを向く。『お前が、勝手に、消えかけたんだろ。それだけだ』

「ふん」キキもそっぽを向いた。「べつに、たすけて、なんて、たのんでないにゃ」

「いや」

太郎が、二匹のあいだに口をはさんだ。

「いや、今のは。......普通に、助けただろ。どう見ても」

『............』

黒猫は、答えなかった。ただ、めんどくさそうに、あくびをひとつした。

『......腹、減った』

「そっちに、逃げんな‼」

*  *  *

夕方の、倉庫の外。

キキが、また、道端の宅配ロッカーに、ちらっと目を留めて。

「だめ」「だめだよ」

太郎とまひるに、同時に言われて、しゅん、とした。

キキがなんで収まりたがるのか。誰が持っていこうとしているのか。相変わらず、何もわかっていない。

でも。

黒猫はもう――キキから、目をそらしてはいなかった。

先を歩くキキの、ちょっと後ろを。

めんどくさそうな顔のまま、それでも、ちゃんとついていった。


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