はこ
それは、もう事故みたいな速さだった。
宅配の、物流倉庫。何本ものベルトコンベアが、低いうなりを上げて、荷物を運んでいく。仕分けのアームが、右へ左へ、休みなく荷を弾く。伝票を読むスキャナーの赤い光が、規則正しく点滅する。その、荷物の川の、真ん中に。
白い子猫が一匹、ころんと仰向けで、流れていた。ほかの段ボールと、まったく同じ速さで。
「キキ‼」
太郎が走る。だが、コンベアは金網の向こう。指をかけて揺すっても、冷たい格子が、がしゃがしゃ鳴るだけで、追いつけない。
キキの両脇に、機械のアームが、すっと伸びた。ぱたん、ぱたん、と段ボールの側面が組み上がって、器用にキキを包む。ガムテープが、しゃっ、と一息に走った。ぺたり、と伝票が貼られる。
【 天 国 ・ 御 中 】
「宛先が、不穏すぎんだろ‼」
* * *
まひるが、非常停止ボタンを探して走り回る。壁じゅうの赤いボタンは、どれも配線が切れて死んでいる。太郎が金網を揺する。
そして、クク――黒猫は。
その場から、すっと一歩、退いていた。
「クク‼ なにやってんだ、お前。手伝え‼」
『知らん』
「はぁ⁉」
『面倒だ』ククは目をそらした。『腹も、減った』
まひるが振り返る。「クク、あんた、」
『――こういうのは』
ククの声が、一瞬、いつもと違った。低くて、平坦なのに、どこか固い。
『......関わると、ろくなことにならない』
それだけ言って、黒猫はまた目を伏せた。
太郎は一瞬、その横顔にひっかかった。今のは、めんどくさがってる、っていうより――
でも、考えている暇はなかった。箱が、搬出口へ近づいていく。ゴム幕の垂れた、暗い四角い口へ。
* * *
箱の中から、くぐもった声がした。
「......いいにゃ、もう」
キキだった。
「どうせ、わたし、また、いなくなるやつ、だし。......クク、腹、減ってるなら、先、食べてて、いいにゃ」
ベルトのうなりだけが、やけに大きく聞こえた。
太郎がキレた。「よくねぇよ‼ なに、聞き分け、よくなってんだ‼」
そして。
黒猫の尻尾が、ぴくりと跳ねた。
ゆらり、と黒猫が顔を上げる。目が、すっと細くなった。心底めんどくさそうで、そのくせ、ちょっとムッとしていた。
『......"先に食べてて"、じゃ、ないだろ』
『腹が減ってるかどうかで、決めてやってたわけじゃ、ない』
低く吐き捨てて、黒猫はめんどくさそうに、けれどまっすぐ、コンベアへ歩き出した。
* * *
『太郎』クク。宙に三枚。今度は、雑じゃなかった。一枚ずつ、くっきりと。【箱を破く】【ベルトを止める】【ぜんぶ、逆に回す】。
「逆⁉」
『キキ。おい』ククが、コンベアの上の箱へ、短く言う。『まだ、力、貸せるだろ』
箱の中で、キキが、はっとした。
「......っ、うん‼ 太郎‼ 撮るにゃ、五枚‼」
その瞬間、太郎のスマホが、じんと熱を持った。手のひらに、しびれるような熱が伝わってくる。授かる、いつもの感触。冷たかった板きれに、火が入ったみたいに。借りた力が、指先まで満ちる。
太郎は、考えるより先に、いちばん変なものにピントを合わせていた。逆回りの――そう、あの日直せなかった、頭の隅にこびりついていた逆回りの時計。その残像みたいに。ベルトを噛む、大きな歯車へ。
パシャ。パシャ。パシャ。パシャ。パシャ。
「まひる‼」
「うん‼ ――これ。ぜんぶ、逆に回す‼」
まひるが、三枚目のカードを、ばちん、と叩いた。
ぐん、と。倉庫じゅうのコンベアが、いっせいに逆回転をはじめる。
うなる機械。逆流していく、荷物の川。仕分けのアームが、慌てたみたいに逆向きに動く。その流れに乗って。
【天国・御中】の箱が、するすると戻ってきた。搬出口とは逆へ。まっすぐ、みんなの足元へ。
ぽすん。
黒猫の前で、箱が止まった。
前足で、ひょい、と蓋を開ける。
中で、キキが目を白黒させていた。
「......もどって、きたにゃ」
『当たり前だ』
* * *
倉庫の非常灯が、点滅している。荷物はあらかた逆流して、床に散らばった。あとで、絶対、怒られるやつだ。
キキが箱から這い出て、黒猫を見た。
「......クク」
『言うな』
「まだ、なにも、」
『借りは、返した』ぷい、と黒猫はそっぽを向く。『お前が、勝手に、消えかけたんだろ。それだけだ』
「ふん」キキもそっぽを向いた。「べつに、たすけて、なんて、たのんでないにゃ」
「いや」
太郎が、二匹のあいだに口をはさんだ。
「いや、今のは。......普通に、助けただろ。どう見ても」
『............』
黒猫は、答えなかった。ただ、めんどくさそうに、あくびをひとつした。
『......腹、減った』
「そっちに、逃げんな‼」
* * *
夕方の、倉庫の外。
キキが、また、道端の宅配ロッカーに、ちらっと目を留めて。
「だめ」「だめだよ」
太郎とまひるに、同時に言われて、しゅん、とした。
キキがなんで収まりたがるのか。誰が持っていこうとしているのか。相変わらず、何もわかっていない。
でも。
黒猫はもう――キキから、目をそらしてはいなかった。
先を歩くキキの、ちょっと後ろを。
めんどくさそうな顔のまま、それでも、ちゃんとついていった。




