第34話 退院!待ち受けるのは命名
「再開! バンバンお悩み解決するぞー!!」
ひかりはいつもより気合いが入っていた。
水を得た魚のように活きが良い様子だった。
「そんなに張り切らなくても」
「梓! そんな調子だと身体がもたないよ。
昨日はお悩み相談部が休みだったわけだから、今日はたくさんの人がお悩み相談に来るんだよ!」
ひかりはそのことがあたかも起こることのように確信めいた調子で言った。
「そうだといいね」
10分後——。
「来ないなー」
ひかりは椅子に退屈そうに座っていた。
「まだ放課後が始まったばっかりだから、色々あるんだよ」
梓はひかりを宥めるように勉強しながら言った。
30分後——。
「来ないんだけど!」
ひかりはじっとしていられない状態で部室を歩き回っていた。
「今頃、放課後の用事が終わって来る途中なんだよ」
梓は歩き回っているひかりに気をとられることはなく、黙々と勉強の続きをした。
1時間後——。
「“来ないよーー!!”」
ひかりは誰もいない廊下に出て、人を呼ぶかのように叫んだ。
「うるさい——今頃OSBに来るかどうかを悩んでるんだよ」
梓は勉強を邪魔されたことで少しキツめの口調で言った。
2時間後——。
「なんで、来ないのーー!」
ひかりは膝をつき頭を抱えて、嘆いた。
「そういう日もあるよ」
梓はノートをカバンに入れて、帰る準備をしながら、他人事のように言った。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで!」
「もう遅いし帰ろう」
「退院して元気が有り余ってるのにーー!
こうなったら、お悩みを作るしかない!」
「作る?」
梓が聞くと、ひかりはニヤリと悪い顔をして、
「グラウンドにミステリーサークル描こう! そしたら、みんなOSBに来るでしょ」
「違う意味でね……描くなら1人で描いてね、私は帰るから」
梓は帰る準備を終えて、部室を出ようとした。
「いやだいやだ、帰りたくない!」
ひかりは地面にねっ転がり、駄々っ子のようにじたばたした。
「そう、じゃあね」
梓はひかりを無視して、廊下に出た。
「えっ……待ってよ、梓!」
ひかりは無視されると思っておらず、慌てて追いかけた。
***
翌日の放課後——。
「今日、今日こそは来てください!」
ひかりは部室で両手を合わせて神頼みしていた。
「そこまでして来てほしいの!?」
梓は「えっ!」と双眸を広げて言った。
「当たり前だよ! 早く来て早く来て」
ひかりは神頼みを続けた。
ガラガラっと音を立てて、部室のドアが開いた。
「あのー、相談に来たんですけど」
背の小さい童顔の男子生徒が入ってきた。
「待ってました!!」
ひかりは目を輝かせて、椅子に座るように催促した。
男子生徒は座り、ひかりと梓も座ると、開口一番にひかりは、
「アタシの名前は天魔野ひかりでこっちが鈴木梓です。それで相談内容はなんですか?」
と待ちきれないのか早口で尋ねた。
「あ、えっと、僕の名前は中屋です。1年生です。
相談内容は、笑わないで欲しいんですけど……」
中屋はモジモジして言葉を言い淀んでいた。
2人は優しい目で言葉がでるのを待った。
中屋は深呼吸して、肺に空気をたくさん入れると、一息で言った。
「僕の名前は中屋鉄平って言います。
でも、外見と全く合わないから、みんなにバカにされるんです。
だから、バカにされない方法を教えてください!」
鉄平は勢いで言って、「はあ、はあ」息切れをした。
2人は勢いに押されて、背筋がピンと伸びて、肩が上がって驚いた。
「えっと、鉄平くんなんだ。良い名前だと思うけど」
「……優しい人はみんなそう言います。それ以外の人は豪快に笑います……」
鉄平は俯いて、ボソっと言った。
「ごめんね……梓、なんか良い方法ないの?」
「うーん……あだ名は……解決できないか」
「……梓、天才! それだよ!」
ひかりは名案だと言わんばかりの勢いで、梓を褒めた。
「でも、あだ名だと変わらないと思います」
鉄平が横槍を入れた。
「チッチッチ」
ひかりは人差し指を振りながら、口で言った。
「あだ名はあだ名でも、みんなが下の名前に勘違いする、あだ名を付けたらいいんだよ!」
ふっふん、と鼻を鳴らし自慢気に胸を張り答えた。
梓は他に何か手があるか考えたがなさそうだから、ひかりの案に乗った。
「そうしてみよう」
「2人がそう言うなら問題ないです」
鉄平は鉄平でなくなるなら、なんでも良かった。
「うーん、鉄ちゃんは?」
ひかりはとりあえず、思いついたのを口に出した。
「普通のあだ名じゃん」
梓は呆れた様子で言った。
「じゃあ、鉄平は?」
「ほぼ変わらない……」
「哲朗」
「それも変わらない」
ひかりは思いつくままに、案を出しまくる。
梓はそれをすぐに判断して、ツッコミを入れる。
「蟹平」
「名前に蟹は違う気がする」
「麺空」
「沖縄のキラキラネーム?」
「占冠!」
「沖縄から北海道に移動した」
「ジョン!」
「なんで急に海外に?」
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ……」
「はいはい、全部言わなくていいから。付けるなら長助でいいでしょ」
梓はあしらうように、ひかりが言うのを止めた。
「あの、僕のあだ名は大喜利ではないんですけど。頼みに来てる立場なのに申し訳ないのですが、真面目にやってください!」
鉄平は言い方こそ丁寧だが、怒りが込められているのが分かった。
「すみません、ひかりはいつもこうなんで。
私が考えます。」
梓は謝り、自分で考えるべきだったと後悔した。
ひかりは鉄平の言葉で良い名前を思いついた。
「贅沢な物言いだね。今日からお前の名は、
“頼真”じゃ。いいかい、頼真?」
ひかりは上から目線で少しねちっこい、おばあちゃんのような声で言った。
「頼真、めっちゃいいです!」
鉄平は初めて巨大ロボットを目にした男の子のように目を輝かせて、ワクワクが止まらなかった。
「頼真、良いかな? 喜んでるしいっか」
梓は珍しい名前だと思って、違う名前を考えようとしたが、あまりにも喜んでいたのでやめた。
「でしょでしょ! これからは自己紹介の時は『中屋って言います。みんなからは頼真って呼ばれてます』って言えば良いんだよ!」
ひかりは喜ばれたことで有頂天に達していた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! これから頼真として生きていきます!」
頼真はものすごい勢いで頭を何度も下げた。
「えへへ! 頼真、頑張って!」
「ありがとうございました!」
頼真は笑顔で部室を去った。
「本当に良かったのかな?」
「まあ、本人が喜んでるし良いじゃん」
「でも、もう教室で自己紹介した後だし、今更……」
梓は頼真のことを心配した。
自分達のやり方が正しかったのか分からなかったからだ。
「大丈夫だよ! 頼真が言ってたように優しい人がいる。だから、その人達は呼んでくれる。そして、それは徐々に広まっていくから!」
ひかりはまるで未来を見てきたかのように、遠い目をしながら、梓に優しく言った。
梓はひかりのことを信じることにした。
それが一番だから。




