第30話 トイレ戦完結
※この学校のトイレの個室は人がいなくても閉まっております。物語の都合上。
姫乃は怒りをバネに梓に勝つ方法を考え始めた。
(梓の考えは単純だから読めるわ! 梓は結局あたしの言った通り、右と言って左に入った——!
落ち着きなさいあたし——出し抜かれたのはまぐれよ、梓になんかに負けるはずないわ。
落ち着いて考えなさい——)
姫乃は考えている間中一切瞬きせず、梓を睨んでいた。
梓は狂気的な姫乃の視線に耐えきれず顔を背けた。
たまにチラチラと見て、まだ睨んでいるのかを確認した。
(怖いんだけど……姫乃さんには底知れぬ恐ろしさがあって、本当に何考えてるか分からない……でも、必ず勝つ! 何かあるはず姫乃さんの弱点が! 思い出せ思い出せ……)
梓がこれから考え始める時、姫乃はすでに結論を出していた。
「右に入るわ!」
挑発に捉えられる、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言った。
梓は嘘かどうか目線や表情、仕草などで判断する能力を持っておらず、完全に分からなかった。
(早い……負けてから立ち直り、作戦を練るまでわずか2、3分だよ。
勝てるのかな……早くても、ちゃんと形になってると思うし……)
梓はさっきまでの威勢はなくなり、あるのは不安と焦りだった。
「右に入るんだね……それで、いいんだ……ね?」
「ええ、問題ないわ!——今の梓の考えを当ててあげましょうか?
——あたしに勝つ方法を何も思いついていない。それなのにあたしが結論を出したことに焦りを感じているわね。
合ってたかしら? だからって待たないわ!
さあ、始めましょう! 梓は出て行きなさい」
姫乃は自分のペースを取り戻して、上から目線で舐めたように梓の考えをまた言い当てた。
梓の肩がビクッと上がって、瞳孔が開いた。
姫乃は勝ちを確信した。——梓はすでにあたしの手中にあると
「さあ、早く行きなさい!」
「分かってる……」
梓は言われた通りトイレから出て行った。
梓はスマホのタイマーを1分にセットした。
そして、トイレのドアの前で深呼吸して、目を瞑り、片耳に手をかけた。
(考えを読まれたからって、冷静にならないと——姫乃さんの弱点は……あの2つ以外なさそう……
違う。今回は当てる側なんだから、行動を振り返らないと。思い出せ……)
梓は今日の姫乃の行動を覚えている限り、思い出した。
(朝の廊下、更衣室、ドッジボールで私を狙ったのはひかりが関係しているし意味はなさそう。
意味がありそうなのは……遥花さんとの戦いと今のトイレでの心理戦か……)
と考えに没頭していると、スマホのアラームが鳴って中断した。
梓は意を決してトイレのドアを開けた。
“ここで外したら、次は騙せない——終わり”
崖っぷちに立たされながらも入って行った。
中に入ると、ザー、と水が流れるような音がトイレに響き渡っていた。
それは耳障りでうるさい。
水が流れるにしては機械音が混じり、どこか聞き馴染みがあった。
(音姫だ——でも、なんで? 今は姫乃さんだけなのに……)
梓は姫乃の意図を考えようにも音姫が邪魔して集中できない。
梓は両耳を塞いでなんとか考えようとした。
(聞こえた感じ、奥の個室から流れていて、心理戦とは関係がないから止めに行こう)
梓は音姫を流している個室の前に行きドアに手をかけた時、疑問に思いふと姫乃が言ったルールを思い出した。
“——その間にどちらかの個室に入って、外に出た人がどっちに入っているか予測して、一つだけドアを開ける”
(一つだけドアを開ける……そういうことかも知れない!
姫乃さんは二つのうちの一つのドアではなく、ここにある個室のドアのうち一つなのかも!
だから、思考の邪魔をするためでもあるし、止めに行けばドアを開けたとして私のターンが終わる)
梓は姫乃の意図を完全に理解して、自信がついて明るい表情になったが……開けていたら終わっていたことを思い出して、背筋が凍った。
(恐ろしい……危なかった)
梓はその個室から離れて、所定の個室へと向かった。
音に気を取られて気がつかなかったのか、左の個室の前に姫乃がつけていたであろう、ポッチーのヘアピンが落ちていた。
梓は両耳を塞ぎ、目を瞑って考え始めた。
(どういうこと? 左に入った時に落ちたとか……姫乃さんがそんなミスしない。
——てことは、右に入った……その裏をかいて左……読めない)
梓は考えればいつかは分かるかもしれない——だが、耳を塞いでも聞こえ続ける音姫、そして、ルールを決めた時点ですでに姫乃の手中にいたことを感じて、戦意を削がれた。
(50:50で当たるそれだけ…………姫乃さんはすごいな。
遥花さんとの戦いでは、背の高い人の後ろから見ずに当てたし……私の考えも2度当てた、敵わない……)
梓は負けを悟り、姫乃を褒め出した。
それは、下僕の自覚が芽生えたのか、単に人として褒めたのか——。
(おそらく、ヘアピンは罠だ)
一歩また一歩と右のドアに近づいて行った。
***
梓は完全に諦めていた時、一筋の光が入った。
その光は何十倍、何百倍、何千倍にも爆発的に膨れ上がり、絶望しかけていた梓の心に太陽が現れた。
***
右のドアを開けようとした時、スマホが鳴った。
梓はどうせ負けると思い、スマホを確認した。
caco3でひかりからボイスメッセージが送られていた。
梓は「なんだろ?」と思い聞いてみる。
「姫乃ちゃんのを送ったから、今度は梓への愛のメッセージを送るね!
梓は頭よくて〜頭がものすごく良くて〜天才!!
だから、いつも助かってる!
OSBで唯一誇れるのは梓がいること!——そして、唯一の親友だよ!! 大好き!!」
と梓への愛が送られた。
梓は眩しいほどの笑顔になって、止まっていた歯車が動き出し、思考を巡らせる。
音姫など耳に入らなかった。
(ひかりの期待には応えないと!! 姫乃さんには負けられない!!
姫乃さんはプライドが高い——だから、ドッジボールの時、見ずにボールを当てたんだ。
その前に遥花さんが同時に2人を当てたから、負けられないと思ってやったのか。
それに、最初言わなければ勝てたのに、私の考えを言った。
次の時は出し抜かれたから、もう一度私の考えを言うことで自分が優位であることを示した。
繋がった! 全部姫乃さん自身が上に立とうとした証明——なら、きっと……)
梓はヘアピンが落ちている左の個室のドアを迷わず開けた。
その中には——姫乃がいた。
姫乃は「え?」と目を丸くさせて、呂律が回らないのか、唇だけ動かしていた。
梓は小さくだが胸の前でガッツポーズをした。
不安も恐怖もなく、純粋に喜んだ。
しばらくすると、目の前で起きたことが夢なのかと疑うほど、驚きすぎて声に出せなかった姫乃がやっと口を開いた。
「嘘……あたしが負けるなんて。イ、イ、イカサマだわ」
「ズルはしてない! 姫乃さんの考えが奇跡的に分かったから!」
「はぁ……?聞かせてみなさい!」
姫乃はまだ信じられていない様子で疑問を投げかけた。
梓はそれに応えた。
「まず、音姫は考えの邪魔をして、消そうとドアを開けたら私が負けてたで合ってる?」
「ええ、そうだわ……バレないと思ったのに……」
「そして、ヘアピンをわざわざ落としたのは、私を右に誘導するため。
音姫を消しに行かなかった時、何にもなければ負ける可能性もあった。
だから、ヘアピンを落としておけば、私が裏をかいて右に行くと考えた——実際、右を開けそうになった……」
梓は自分が探偵のように推理を披露していた。
姫乃はまだ負けたことを理解していなかった。
(梓の考えを読んで、全て完璧だったのに!!)
「なら、なんで左を選んだのよ?!」
「それは——私に右のドアを開けさせられた。
だから、今度は右のドアを開けさせて、ヘアピンの先にいることで、
『ヒントをあげてたのに』
みたいな感じで優位に立てるからかな」
姫乃は膝から崩れ落ちた。
「全部お見通しってわけね……」
その声には生気が感じられなかった。
梓は膝をついて姫乃に目線を合わせて、
「たまたま、いや、ほんと奇跡の勝利だから……落ち込まないで……
姫乃さんは1人で戦って、実際に私の考えを全部読めてたから、元気出して!
私が勝てたのはひかりのおかげであって、私1人なら負けてた……
姫乃さんはすごいよ!……だから、勝ちは譲る! 姫乃の下僕になるよ」
と優しく褒め称えたと同時に自ら勝ちを譲った。
梓は下僕になるのにどこか清々しい顔をしていた。
姫乃はその申し出を聞いて、目の色も顔色も変わり、怒りに満ち満ちた。
「はあー!! ひかりと一緒だからって関係ない!! 負けは負け!!
梓の言う通り、ひかりにずっとは近づかないから!! ふんっ!!」
姫乃は立ち上がって、怒鳴るように言って、そっぽを向いた。
「分かった、ありがとう」
梓は立ち上がって言った。
姫乃はそっぽを向いたまま梓へと手を出した。
梓はひかりの時を思い出して、手を握ろうとはしなかった。
それを見かねた姫乃は更に怒りが増し、
「戦いが終わった後にするのでしょ……」
となんとか怒りを抑えて、ぎこちなく言った。
「あ!」と梓は理解して、手を握った。
「姫乃さん、強かったよ!」
「……」
梓は言葉をかけるが、姫乃は無言で握っていた。
「もういいでしょ、離しなさい!!」
姫乃は振り落とすように梓の手をどけて、トイレから出て行った。
「あはは……はあ〜〜……」
梓は緊張感から解放されると、一気に疲れを感じた。
何しにトイレに来たのかを忘れて、自分の教室に戻って行った。




