第29話 トイレ戦
梓にとって、とてもとても長い1時間目の授業が終わった。
その後の授業は姫乃がいないので、穏やかに過ごせた。
4時間目が終わり、昼休憩が始まった。
梓は朝のことで満身創痍の状態——帰りたい、ベッドで休みたい、と普段思わないことが頭の中を埋め尽くした。
そんなことを思いながら、手を洗うためにトイレへと向かった。
トイレのドアを開けると、姫乃が手を洗っていた。
姫乃は鏡越しで今ドアを開けた人物が梓だと確認した。
梓はそっとドアを閉めて、回れ右をした。
姫乃はドアが閉められるや否やドアを開けて、梓の右肩を目一杯の力で掴んだ。
「待ちなさい。話があるわ」
梓は逃げようと試すが、姫乃の握力が思った以上で逃げ出せない。
梓は観念して「話って何?」とぶっきらぼうに言った。
「ここじゃああれだから、トイレで話しましょう」
「トイレの方があれでしょ」
梓はこんな状況でもツッコミを入れた。
「いいから来なさい」
「うん……」
姫乃に続く形で梓はトイレに入って行った。
姫乃が梓の方に振り返って話を始めた。
「ここで会ったが百年目、勝負しなさい!」
梓は嫌な予感が的中した。
(うわ〜帰りたい……なんで、こんなことが続くんだろ……ひかりがいたら起こらなかったのに……ひかり、助けて)
梓はひかりを恨むと同時に助けを求めた。
梓が嫌そうな顔をしていると、姫乃は
「いいでしょう? ひかりの隣に立つに相応しい者がどちらか決めましょう!」
と狂気じみた目で威圧感を放った。
「う、うん……分かった……」
梓は逃げられないと悟って、引き受けた。
姫乃は目の色を変えて、
「それじゃあ、始めましょう!」
嬉しそうに言った。
「勝負は何にするの?」
梓が質問すると、姫乃はトイレ全体を見渡して、
「心理戦にしましょう」
「ルールは?」
「ルールは——この2つの個室を使うわ」
姫乃は誰もいない隣り合った個室を指差した。
梓はまだ分からず、首を傾げていた。
「まずは、片方がどちらに入るか決める。
もう片方が一旦外に出て1分後に入ってくる。
——その間にどちらかの個室に入って、外に出た人がどっちに入っているか予測して、一つだけドアを開ける。
開けた方にいれば勝ち、外したら今度は入れ替わってやる。
これでいいかしら?」
姫乃はルールを淡々と説明した。
「それだと50:50で当てるゲームじゃない?」
梓は「心理戦?」と思い質問した。
ふん、姫乃は梓をバカにしたように鼻を鳴らして、不敵な笑みを浮かべた。
「本気で言ってるのかしら? これは人の考えを予測すれば100パーセント当てられるゲームよ!
だから言葉で揺さぶりをかけたり、バレないように変な行動したりしなさい!」
姫乃は戯けたように言った。
梓はようやく理解した。
(なるほど……だから、姫乃さんの考えを読めばいいのか)
「分かった、やろう!」
「先攻は譲るわ、梓が選びなさい!」
「待って、勝負で負けたらどうなるの?」
「決まってるじゃない、あたしが勝てば梓は参謀としてあたしの下僕よ。
梓が勝てば、そうね——好きな物買ってあげるわ。貧乏そうだし」
姫乃は見下したように言った。
梓はむっ、と眉をひそめて、
「別にいらない。私が勝てばひかりにずっとは近づかないで、それが条件!」
と強気に出た。
姫乃は一拍間を開けて、「いいわ」と言葉を返した。
それを聞いた梓は心理戦に勝つために考えにふけた。
梓は目を瞑り、片耳に手をかけた。
(姫乃さんに勝つためには……やっぱり嘘をついて、騙すしかないのかな……?
一回騙したことあるから、行けるかも!
だから……)
梓は右の個室をチラッと見てから、
「右の個室に入る!」「右の個室に入るのね」
と言ったと同時に姫乃が被せた。
「え?!」梓が目を丸くして、困惑の表情を姫乃に向けた。
姫乃はその顔を見て、優越感に浸りニヤついた。
「なんで?って顔してるわね。教えてあげるわ。
梓は一度あたしを騙した、だから次もできると思い、適当な方を言って別の方に入る作戦——かしら?
だから、どっちでもいいから目に入った方を言う——あたしは梓が向けた視線を確認しただけ」
姫乃は挑発的な態度で梓を揺さぶった。
梓は自分の考えが読まれた驚きでテンパり、目が泳ぎ、息が荒くなり、正常ではいられなくなった。
(なんで!? どうやったら勝てるの? えっと…………ダメだ分からない)
梓の頭の中には敗北がチラついて、考えに集中できない。
姫乃は「はははは」と高笑いをして、梓を絶望の淵へと追いやる。
そんな中、梓が助けを求めたのはひかりだった。
(ひかり、助けて……ひかり、ひかり)
頭の中をひかりとの思い出で詰め尽くし——ひかりの明るさを感じて、冷静さを取り戻していく。
梓は真っ直ぐとした目になり、もう一度目を瞑り、片耳に手をかけ思考を巡らせる。
(姫乃さんの弱点は今日見てきた! だから、私は……!)
「右に入る!」
梓は自信満々に宣言した。
姫乃はピクっ、と眉を動かして、嫌悪感剥き出しな顔をした。
「さっきとは違って、嘘かどうか分からないから嫌いよ」
そう言って、トイレから出て行きドアを閉める直前に、
「1分よ、その間に入りなさい」
と言って閉めた。
梓は迷わず左の個室に入って行った。
そして、スマホをポケットから取り出して、caco3でひかりにメッセージを送った。
1分もしないうちに返信が来た。
梓は勝ちを確信した。
その数秒後に姫乃が入ってきた。
「あたしに勝てるかしら!」
姫乃が余裕そうな声で言うと、梓はスマホの音量を上げて、隣の個室に下からスマホを置いた。
すると、梓のスマホからひかりの声が鳴る。
「姫乃ちゃん! 大好きだよ! 高圧的だけど可愛いし、分かりやすい!
——なにより、アタシのこと好きでいてくれるから!」
梓は見えてないが、姫乃の全身は真っ赤になって湯気が出ていた。
心臓が鼓動を速めて、血が全身を駆け巡り、細胞一つ一つが喜びで満ちていくが、呼吸は荒々しかった。
脳はオーバーヒートを起こして、処理能力を失い『大好きだよ!』が延々と繰り返された。
どれくらい経ったのか、梓が退屈そうに待っていると個室の外から声が聞こえてきた。
「あたしをひかりで惑わそうなんて考えたじゃない。でも、梓、あなたはミスを犯したわ。
それは音でどちらか分かるわよ!」
そう言って、梓がいない右の個室のドアを開けた。
「どういうこと? いない……」
姫乃が困惑していると、梓は個室から出て、姫乃に自分の推理を披露し始めた。
「姫乃さんの弱点は今日見てきた。それで、どうすれば勝てるか分かった。
まず、ひかりに対しては理性を失う。
——だから、ひかりに『姫乃さんに愛の言葉をボイスメッセージで送って』って連絡した。
まあ、ひかりから連絡が来なかったら、負けてたけど、そこは信頼に賭けた。
次に、それだけだと50:50で負けてしまうから——パニックになるとバカになることを利用した。
スマホを隣の個室に入れておけば、音がしたのを理由に開けると予測した。」
梓は自分の推理が合っていたから、明るい表情で語った。
姫乃は出し抜かれたことを腹立たしく思い、これでもかと拳を握って、梓を睨みつけた。
「所詮まぐれよ! 2度は通じないわ!」
「うん、分かってる。だから、次で決着をつける!」
梓は冷静な態度だが、内心では本当にうまくいくか不安で心臓が飛び出そうだった。
TO BE CONTINUED




