第28話 女王vs天皇
梓が静かに目を閉じた時、その体に人影がかかった。
そして、ボールが体に当たる鈍い音が響いた。
「うん?」梓が片眉を上げて不思議に思い、目を開けた。
大きく頼もしい背中が梓の目に映った。
「大丈夫、梓?」
そう優しく言って、振り返った。
その人物は——遥花だった。
勝てると言わんばかりの余裕の笑みを浮かべた。
そして、遥花の手にはボールがあった。
「私は大丈夫です」
梓は自力で立ち上がって、砂を手で払った。
遥花は大丈夫そうだなと確認して頷くと、姫乃の方を向いた。
「ふふっ」遥花は姫乃を舐めたように鼻で笑った。
「姫乃! あんたは女王様気質があるようだけど、ウチには勝てない!」
遥花は自信満々に断言した。
姫乃は何も言わず、ただ自分の投げたボールが取られたことを気にくわない様子で、遥花を睨んでいた。
遥花は続けた。
「なんたって、ウチが入ったチームは必ず勝つとして、小中呼ばれた二つ名——『ドッジボールの天皇』白井遥花があんたを負かすから!!!!」
「二つ名ださくない? 天皇より『カイザー』か『皇帝』でよくない?」
遥花が自分のことを得意げに言ったのに対して、梓は助けてもらったのに客観視して小言を言った。
遥花は首だけ梓の方を向けて、
「だって、小学校の頃につけられて、そのまま中学でも呼ばれたんだもん。
世界で1番上が天皇って習った時につけられたから、ウチがつけたわけじゃない」
と言い訳じみた様子で言った。
遥花は再び姫乃の方に首を向けた。
「姫乃、ドッジボール——いや、スポーツとは何かを教えてあげる!」
そう言いながら、遥花は投げる構えに入った。
姫乃も警戒して、身を固めた。
「それは、“チーム”だってこと!!」
遥花は投げた——そのボールは姫乃に——ではなく、端で棒立ちしていたメガネの女子に向かった。
姫乃が投げた速度よりも速く、当然メガネの女子は避けられなくて当たった。
「姫乃、梓を1人狙いしたって勝てるわけじゃない、結局は人数が多い方が勝ちなんだよ」
遥花はキメ顔で少し声のトーンを低くして言った。
完全にカッコつけていた。
梓は思うと同時に声に出ていた。
「大人気ない。戦略としては理にかなってるけど、無抵抗の相手にあんな豪速球は——弱い者いじめじゃん」
「うっ……」梓の冷静な物言いに遥花の心に言葉の矢が刺さった。
(助けなきゃ良かった……)
遥花は早々に後悔した。
当たって跳ね返ったボールは姫乃のコートの中で止まった。
姫乃はボールを取りに行き、遥花に話しかけた。
「確かに、戦いにおいて手足をもぐのは効果的だわ。
——でも、一つだけ違うわ。天皇は1番なんかじゃないわ。女王である、あたしこそが1番だわ。
なぜ、天皇が日本以外に消えたか、それは弱かったからよ。
だから、あたしが終わらせてあげるわ!——天皇時代を!」
姫乃は断言して、遥花から離れた女子に狙い定めて投げようとした。
遥花はそれに気づきその子の方に向かった。
向かったことを確認すると、姫乃はすぐさま方向転換して別の女子に投げた。
そのボールは真っ直ぐにその女子に進んでいった。
その女子は避ける暇がなく当たってしまった。
「あらあら、こんな分かりやすい見せかけに騙されるなんて、平和ボケしてる天皇だこと」
姫乃は遥花をバカにしたように言った。
遥花はその言葉で目の色を変えた。
弱い者いじめなんて言っている場合ではない——これは戦争なんだと、考えを改めた。
遥花は「貸して」と、ボールを拾った女子に言って、ボールを貰った。
パンッ——遥花は自分の頬を叩いて気合いを入れて、思い切り投げた。
「天皇が1番だーー!!」
と叫んで投げたボールは軌道を変えて一気に2人に当てた。
「これが天皇の実力!」
「まぐれでしかないわ」
姫乃は言い捨てて、ボールを拾った。
姫乃は誰を狙うか標的を見定めると、ジャンプボールを担当した背の高い女子の後ろに行った。
遥花と梓が何してるんだろう、と思っていると、急にボールが投げられた。
そして、姫乃の投げたボールは見事に女子に当たった。
梓は姫乃がなぜこんなことをしたのか、頭を回転させた。
(最初にじっくり観察したのは、場所を確認するため。
そして、わざわざ後ろに行ったのは、ボールの軌道を遥花さんに読まれないようにするためか——なるほど……)
梓は敵ながらに感心した。
得意げに姫乃は出てきた。
「これが女王の実力だわ!」
「1人だと当てられないのかな? 正々堂々と戦って」
遥花は姫乃の真似して、煽った。
「チームと言ったのはあなただわ! “使える物は使う”——それが黒川家の教えよ。」
遥花は言い返す言葉が見つからなかった。
無言でボールを拾って、
「天皇は1人でやれる!」
と意気込んで、投げた。
そのボールはまたしても女子に当たった。
姫乃はすぐに拾って、
「女王こそ1番に相応しいわ!」
と投げた。
それも女子に当たった。
遥花もすぐにボールを拾って、「天皇!」と言って投げた。
女子に当たった。
姫乃は拾いに行って、「女王!」と言って投げた。
「……天皇天皇天皇天皇天皇天皇天皇天皇……!!」
「……女王女王女王女王女王女王女王女王……!!」
2人は叫びながら投げる。
当たる、ボールを拾う、投げる、当たる、ボールを拾う、投げる、当たる。
これの繰り返しで瞬く間にコートから人がいなくなり、梓と遥花と姫乃しか残っていなかった。
「これ……なんのスポーツだっけ? ドッジボールって、こんな2人が投げ合って一掃するスポーツ……??」
梓は目の前で起きた出来事に疑問を持ちながら、眺めていた。
姫乃と遥花は、はぁーはぁーと息が上がり動きが止まった。
「なかなかやるわね……」
「姫乃もね……この『天皇』について来られるなんて……」
2人は互いを認め合った。
だからと言って、2人の中には闘志がメラメラと燃えている。
ボールは姫乃の手にあった。
「これで決めるわ! あたしが勝ったら、下僕にしてあげる!」
「それは断る! ウチが勝ったら、女子バスケ部に入って!」
「断るわ!」
「だね、負ける気はない!」
「あたしが勝つ!」
2人は言葉の掛け合いを終えると、攻撃と防御の構えをとった。
その場にいる全員が息を呑み、静観する。
どっちが勝つのか全員が期待と応援の眼差しで見る。
シーン、となった場にはみんなの熱い想いが宿る。
その静寂を破り、姫乃は雄叫びを上げた。
「行くわよ!! おーーーーーー!!!!」
「来い!! 姫乃ーーーーーー!!!!」
遥花も姫乃に答えるように雄叫びを上げた。
姫乃が左足を大きく踏み出して、力強く固定した。
遥花は脚を肩幅よりも広く開いた。
“当てられなければ終わり”
“取らなければ終わり”
2人は全ての力を集中させた。
姫乃が体を前に倒しながら、腕も同時に前にやり、投げる寸前——
ピィーー、と甲高い音が鳴ると共に、キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ンと学校のチャイムが鳴った。
姫乃は驚き、ボールをストッと手前に落とした。
「は〜い、終わり終わり。早く着替えて。次の授業遅れるよ」
教科担任はそう言って生徒達を急かした。
「えーー……」その場にいた全員ががっかりした。
1人また1人ととぼとぼと更衣室に向かって行った。
遥花は気がついた。
相手コートに残っているのは姫乃1人に対してこちらには自分と梓が残っていることに。
「時間切れってことは、残っている人数が多い方が勝ち——つまり、ウチらの勝ち!!」
遥花は飛び跳ねて喜んだ。
「冗談じゃないわ! あたしが投げていたらあなたは負けていたのよ! つまり、あたしが勝ちだわ!」
姫乃は認めずに、御託を並べた。
「希望的観測すぎる。ルールに則れば私達の勝ちだよ」
梓は姫乃に言い返した。
そんな3人に教科担任は、
「あ〜、それなんだが4組は1人少ないから、同点かな〜」
と割って入った。
「ちょっと、先生、ウチらの勝ちでしょ!」
遥花は先生に食い下がったが、先生は首を横に振った。
「まあ、運が良かったわね! あたしに負けなくて!」
姫乃はそう言って、更衣室に向かった。
「それは姫乃でしょ!」
遥花は姫乃に近づいて言うが、無視して進んだ。
「50分なのにものすごく長く感じた……疲れた……あとは姫乃さんとは何もなく終わりたい」
梓は呟き、更衣室に向かった。
遅れました……すみません




