第17章(追記)転ばぬ先の万能の杖
皆さんは、イソップ童話の『旅人とクマ』とい話を知っていますか?知らない人の為に少し説明すると…
仲の良い2人の旅人がクマに襲われる。
一人は、木に登って逃げる。
もう一人は、死んだ振りをして難を逃れる。
クマはやり過ごしたが、2人の旅人に溝が出来る。
原典の教訓:「本当の友達というものは、災難に遭ったときにはじめて分かるものだ」
という話です。
今、作者はこの様な童話を今風にAIを持たせてどうなるのか?みたいな作品を作っています。
本題はそこではないので興味のある人は検索して読んで下さい。
さて本題ですが、この『旅人とクマ』を書き上げ思った事は、
「周知されているとは思うけど、クマに遭遇したときに、木に登る、または、死んだ振りは、現在推奨されていない。注意書きを入れたほうが無難だな」
でした。
私は、AIを使って作品を作ります。
でも、AIは「現在では木登りや死んだふりは推奨されていません。注意書きを入れませんか?」とは言いませんでした。
なぜでしょうか。
AIは、私が依頼した「イソップ寓話を現代風に書き換える」という仕事を、きちんとこなしていたからです。
つまり、AIは間違えたのではありません。
私が「読者が誤解しないよう配慮してほしい」という目的を、最初から与えていなかっただけなのです。
ここで私は、一つ気づきました。
「AIは便利だから、困ったらその場で聞けばいい」
そう考えていました。
しかし実際には、クマに遭遇してから「どうすればいい?」とAIに聞くようでは遅いのです。
山へ入る前に、その地域の危険や最新の対処法を調べておく。 必要な装備を用意する。 万一の連絡先を確認する。
本当に重要だったのは、AIの回答ではなく、その前の「準備」でした。
小学校では、前日に時間割を確認し、持ち物を準備することを教わりました。
大人になると、その準備を忘れ、「なんとかなる」と思い始めます。
AIは、その「なんとかなる」をさらに後押ししてしまうかもしれません。
私も今回、注意書きを入れるという「準備」を、自分で気づくまでAIは教えてくれませんでした。
だから私は、AI時代だからこそ、「準備」という昔からある習慣を、もう一度大切にしたいと思いました。
前半は、作者(私)
後半は、AIが執筆してます。
AI時代は、「答えを教えてもらう」使い方が、これまで以上に増えていくのだと思います。
だからこそ私は、「答え」を探す前に、「何を準備しておくべきか」を考える習慣は、これからも大切なのではないかと思いました。




