第16章(追記)AIに思考を預けた、その先で
フィジカルAIのNEWSを見て…ダンスを踊るAIロボットたち凄く滑らかに動く! 凄い! と思いました。
あれってどういった制御系してるんだろう?
少し前までは、腕をあげるだけで転んでた記憶しかないんだが…(情報が古い?)
とまあ、AIと関係あるのか? ないのか? 分からない部分で衝撃を受けました。
さて、AIを使うと馬鹿になるのか?
という視点に戻します。
大まかに分けて、思考AI、身体AI、行動AIと3種類あると考えています。
・思考AI ChatGPTなど
・身体AI 見るなど
・行動AI 掴む、触るなど
身体AIが少し分かりにくいと思いますが、ようは自己チェックみたいものと思って欲しいです。(今日は膝が痛いとか、右手がだるいみたいな)
ダンスをしていたAIロボットたちは、ほぼ同じ動きをしていたと思います。
なので、思考AI、行動AIは一つ。身体AIは個別となるのでしょう。推測なので実際は分かりません。
あれ?
ここまで考えて、一つ疑問が浮かびました。
身体AIって、本当に必要なのか?
思考AIが全ロボットの状態を把握し、それぞれに最適な指示を送れば、それで済むようにも見えます。
でも、それでは思考AIが「考えること」以外の仕事まで抱え込んでしまいます。
「Aロボットは右膝が少し弱い。」
「Bロボットは今日はバッテリー残量が少ない。」
「Cロボットは床が滑りやすい場所にいる。」
こんな情報まで毎回管理することになります。
つまり、思考AIが身体の管理まで始めることになります。
そこで必要になるのが、身体AIです。
「今日は右腕の応答が少し遅い。」
「床が滑るから、歩幅を少し狭くしよう。」
「このモーターなら出力を3%上げれば予定どおり動ける。」
と、自分の身体だけを管理する。
そして思考AIには、
「問題なく実行できます。」
という結果だけを返す。
すると思考AIは、
「次は右へ3歩。」
という"考える"仕事だけに集中できます。
人が感覚だけで身体を動かす事に似ていますね。
この構造は、人とAIの関係に似てませんか?というのが今回のお話です。
思考をAIがする。それを人が実行する。
つまり、頭脳がAIとなりその手足が人となるそんな未来。
ただ、そうなるとあらゆる人が、論理的思考を手に入れる事になります。
今までは、
「感情に流されるな。論理的に考えろ」
と言われてきました。
でも、AIが論理をほぼ完璧にこなせるようになると、逆に感情の価値が見直される可能性があります。
例えば、
AI「利益を最大化するなら、この工場を閉鎖してください。」
人間「でも、この町には思い出がある。」
論理だけならAIが正しいかもしれません。 しかし、人間は感情や文化、歴史も大切にします。
だから、
感情はノイズではなく、価値観を決める材料
になるかもしれません。
ただし、感情には二種類あります。
・短期的な感情
怒ったから殴る
イライラしたから辞める
これは今でも問題になることが多いです。
一方、
・長期的な感情
家族を愛している
この作品を残したい
この町を守りたい
これは人生の目的そのものです。
AIがどれだけ賢くなっても、
「何を愛するか」
は論理だけでは決まりません。
だから未来では、AIが「最適解」を提示する。
人間が「その最適解を選ぶかどうか」を感情や価値観で決める。
という役割分担になる可能性があります。
つまり、感情は「良い」「悪い」ではなく、
『どの場面で使うべきか』
が重要になるのでしょう。
短期的な衝動に振り回される感情は注意が必要ですが、長い時間をかけて育まれた愛情や信念、美意識は、むしろAI時代にこそ人間らしさとして大きな意味を持つかもしれません。
これまでは、人間が効率も合理性も担っていたので、二つが混同されがちでした。
でもAI時代になると、
・効率はAIが極める。
・合理性は人間が定義する。
という役割分担が見えてくるかもしれません。
今回はメモを使わず、自分で構成から執筆しました。
表現や文章のつなぎなど、一部でAIのアドバイスを受けています。




