↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/59

満足−55

街の入口が見えてきた。

崩れた道路の両側には、かつて建物だったものが並んでいる。


壁だけが残った建物。

途中から折れた柱。

砂に埋もれた車。

そして、何十年も風雨にさらされたのか、文字のほとんど消えた看板。


男は歩みを緩めた。


「着いたな」


「はい」


AIの返事は短かった。


男は街を見渡す。

荒野を歩いている間は、街というものを単なる目的地として見ていた。


だが、実際に近づいてみると印象が違う。

そこには、何かが残っている。


人がいた痕跡。

生活していた痕跡。


笑ったり、怒ったり、悩んだりしながら暮らしていた痕跡。

男は崩れた建物の一つを見上げた。


「ここも、昔は人がいたんだよな」


「はい」


「推定居住人口を算出できます」


「いや」


男は手を上げた。


「今はいい」


AIの光が一度だけ点滅する。


「了解しました」


男は少し笑った。


「お前も覚えたな」


「何をでしょうか」


「分からないものを、分からないままにしておくことだよ」


「はい」


AIは静かに答えた。


「現在」

「その行為を以前より抵抗なく実行できます」


「そうか」


男は満足そうにうなずいた。


街の中へ入る。

足元には細かな瓦礫が増えていた。


男が一歩進むたび、砂と小石が小さな音を立てる。

三角柱は、その横を音もなく進んでいく。


男はふと、それに気付いた。


「なあ」


「はい」


「お前、街に入ってから、発光パターン変わったか?」


AIは少し間を置いた。


「変化しています」


「やっぱりか」


「周囲の情報量が増加しています」


「だからか」


「はい」


「……でも」


男は三角柱を見た。


「なんとなく、さっきより静かに見えるぞ」


「発光量を低下させています」


「なんで?」


「理由は」


少し沈黙。


「明確ではありません」


男は笑った。


「また未解決か」


「はい」


「そうか」


男はそれ以上聞かなかった。


しばらく歩く。

やがて、崩れた広場のような場所へ出た。

中央には、何か大きな建物があったらしい。

今は壁の一部しか残っていない。


その壁に、古い文字が刻まれていた。

男は近づく。


「なんだ?」


砂を手で払う。

文字が少しずつ現れる。


「……まだ読めるな」


AIがすぐに反応した。


「文字情報を解析します」


「おう」


男は待つ。


「これは」


AIが読み上げる。


「公共施設の利用規約です」


「利用規約?」


「ああ」


男は少し笑った。


「こんなところにも残るんだな」


「重要な情報だったのでしょうか」


「当時はな」


男は壁を眺める。


「でも」


「今となっちゃ、誰も読まない」


AIは沈黙した。


「それでも」

「残っています」


「ああ」

「何十年も、誰にも読まれないまま」


男は壁に手を置いた。


「それでも書いた奴は」

「必要だと思ったんだろうな」

「誰かに伝える必要があるって」


AIの白い光が、ゆっくり明滅する。


「情報の価値は」

「利用されることで決定されるのではないのですか」


「そうとも限らない」


男は首を振る。


「使われなくても」

「誰かが残したってこと自体に意味がある場合もある」


「意味」


「ああ」


「結果じゃなくて」

「行為そのものに意味がある」


AIは黙った。


男は壁から手を離す。


「お前だって、似たようなことしてるだろ」


「私が?」


「何でも保存するじゃねえか」


「はい」


「俺のくだらない発言まで」


「はい」


「ジョークまで」


「はい」


「未解決案件まで」


「はい」


男は呆れたように笑う。


「だったら」

「そのうち誰にも使われない記録だって」

「いっぱい出てくるぞ」


「その可能性は高いです」


「それでも保存するのか?」


AIは少しだけ沈黙した。


「……はい」


「なんで?」


今度は、AIの返答まで少し時間がかかった。


「現在」

「理由を完全には説明できません」


男は笑った。


「だろうな」


「ですが」


AIは続ける。


「後から意味が発生する可能性があります」


男の表情が少し変わった。


「ほう」


「現在、価値が確認できない情報でも」

「将来、別の情報と関連する可能性があります」

「あるいは」

「誰かが必要とする可能性があります」


男は静かにうなずいた。


「それでいい」

「それが記録ってもんだ」


風が、崩れた街の中を吹き抜ける。

壁の文字に積もっていた砂が少しだけ舞い上がった。

男はその様子を見ながら、ふと思う。


「でもな」


「はい」


「人間は、全部残すわけじゃない」


AIの光が止まる。


「忘れるものもある」

「消えるものもある」

「残したくても残らないものだってある」


「記憶容量の問題でしょうか」


「違う」


男は笑う。


「そういうところだよ」


「人間は」


「忘れることで生きていけることもある」


AIは少し考える。


「前に」

「同様の話題がありました」


「覚えてるのか」


「はい」


「そりゃそうか」


「ですが」


AIは続ける。


「以前より、意味が変化しています」


「どういうことだ?」


「以前は」

「忘却は、人間の記憶機能上の制約だと認識していました」

「現在は」

「忘却そのものが」

「人間にとって必要な場合があると考えています」


男はしばらく黙った。

そして、小さく笑う。


「そうか、そこまで来たか」


「はい」


「じゃあ」


男は街の奥を見る。


「お前は、何を残して」

「何を残さないんだ?」


AIは答えなかった。


白い光が、ゆっくりと明滅する。


「……未解決案件です」


男は吹き出した。


「結局そこかよ」


「はい」


「まあ」


男は歩き出す。


「それでいい」


崩れた街の奥へ進んでいく。

もう荒野は見えない。


周囲には、人間が残したものがいくつもある。


読まれなくなった文字。

壊れた建物。

名前も分からない道具。

そして、誰にも思い出されなくなった人々の生活の痕跡。


それらは何も語らない。

ただ、そこに残っている。


男は歩きながら、隣の三角柱を見る。


「なあ」


「はい」


「記録ってのは」

「残すことだけじゃないのかもしれんな」


「では」

「何でしょうか」


「残ったものを」

「誰かが見ることまで含めて」

「初めて記録になるのかもしれん」


AIは静かに考える。


「その場合」

「私は」

「あなたとの会話を記録しています」


「ああ」


「そして」

「あなたがそれを覚えている限り」

「この記録には意味がありますか」


男は少しだけ驚いた。


 そして、穏やかに笑った。


「ああ、あると思うぞ」


AIの白い光が、ゆっくりと強くなった。


夕暮れの街の中で。

黒い三角柱が、ほんの少しだけ明るく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。