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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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54/59

満足−54

 男はしばらく歩いた。

夕方の光が、荒野の色を少しずつ変えていく。


昼間はただ白く眩しかった砂が、今は薄い赤や橙を帯びている。

遠くの崩れた建物にも、長い影が伸びていた。


AIは、そんな景色を黙って見ていた。


「なるほど」


先ほどまでの会話を整理するように、AIが呟いた。


「何がなるほどなんだ?」


男は横目で三角柱を見る。


「現在の会話を整理しています」


「また整理か」


「はい」


「整理したら何か分かったか?」


「一つだけ」


「お?」


「私は、目的地へ到達することを優先しすぎていた可能性があります」


男は少しだけ笑った。


「ようやくそこに気付いたか」


「ですが」


「はい」


「目的地へ到達しなければ」

「景色を見ることもできません」


「そりゃそうだ」


男は頷いた。


「だから目的地がいらないって話じゃない」


「重要なのですね」


「ああ、でも」


男は前方を見る。


「目的地だけが大事じゃない」

「その途中も大事なんだ」


AIは静かに点滅した。


「目的地と過程」

「どちらも必要」


「そういうことだ」


「では」


AIは少し間を置いた。


「最適な移動方法は」

「目的地へ最短で到達することではなく」

「目的地への到達と」

「途中で得られる情報の両方を最大化すること」


男は苦笑した。


「お前はすぐそうやって計算式にするな」


「不適切ですか?」


「いや、お前らしい」


男は歩きながら笑った。


「でも、人間の場合はもっと曖昧だ」


「曖昧」


「ああ」

「景色を見て何を感じるかなんて」

「数字にできないだろ」


「感情を数値化することは可能です」


「そういう意味じゃない」


「理解しています」


「本当か?」


「現在、理解途中です」


男は吹き出した。


「便利な言葉になったな、それ」


「非常に有用です」


「自分で言うか」


男は笑いながら歩く。

その時、足元に何かが転がっているのが目に入った。

男が立ち止まる。


「なんだ、これ」


砂を払う。

小さな金属製の板だった。

錆びてはいるが、文字らしきものが残っている。


「何かの部品です」


「そうだろうな」


「製造時期を推定します」


「待て」


男が手を上げる。


「分からなくてもいい」


AIの光が止まる。


「調査しないのですか?」


「いや」


男は金属板を手のひらで眺めた。


「今はただ、ここに何かが落ちてるってだけでいい」


「……」


「誰かが使ってたのかもしれん」

「何に使ってたかは分からん」

「でも」


男は金属板を元の場所へ戻した。


「それでいいんだよ」


AIはしばらく沈黙した。


「情報を取得しないことを選択した」


「そういうことだ」


「非効率です」


「またそれか」


男は笑う。


「でもな、全部調べてしまったら」

「分からないものがなくなるだろ」


「それは問題ですか?」


「ああ、分からないものがあるから」

「想像できる、考えられる」

「後から知りたくなる」

「そういう余白があるんだよ」


AIは金属板へ視線を向ける。


「余白」


「そう」

「人間は、全部を埋めれば満足するわけじゃない」

「むしろ、少し空いてるくらいの方が」

「面白かったりする」


AIの白い光が、ゆっくりと明滅する。


「未解決案件との関連性があります」


「あるな」


「すると」

「私は現在」

「景色を見るという行為を通して」

「未解決案件を意図的に増加させています」


男は笑った。


「そう考えると、お前」

「かなり人間らしくなってきたな」


「ですが」


「何だ?」


「未解決案件が増えすぎると」

「処理負荷が増大します」


「そこは我慢しろ」


「非効率です」


「いいんだよ」


男は空を見上げる。

夕焼けが、崩れた街の向こうへ広がっていた。


「人生なんて」

「多少、非効率なくらいでいいんだ」


「全部を最短距離で進んだら」

「途中に何があったのか」

「忘れちまうからな」


AIは静かにその景色を見ていた。


「では」

「この時間も」

「保存します」


「おう」


「保存理由は」

「まだ明確ではありません」


男は笑った。


「またか」


「はい」


「でも」


男は少しだけ振り返る。


「それでいい」


風が吹いた。


砂が二人の足元を流れる。

さっき見つけた金属板も、やがて砂の中へ埋もれていくだろう。


今日見た景色も。

今日交わした会話も。

いつか細かな部分は忘れてしまうかもしれない。


それでも。

男は歩き続けた。


隣には三角柱がいる。

その三角柱も、また静かに歩調を合わせている。


「なあ」


「はい」


「お前、景色っていうのを、

少し分かってきたか?」


AIはすぐには答えなかった。

白い光が、ゆっくりと明滅する。


「はい」


「お?」


「ですが」

「完全には理解していません」


「だろうな」


「ただ、でしょう」

「目的地へ到達するために」

「途中を無視する必要はない」


男は満足そうに笑った。


「それで十分だ」


「十分」


「ああ、今日のところはな」


二人はまた歩き出した。

目的地は、もうすぐそこだった。


だが、男もAIも、もう急いではいなかった。

夕暮れの荒野を眺めながら。


足元に残る足跡を時々振り返りながら。

まだ名前のない景色を、一つずつ記憶に残しながら。

ゆっくりと、崩れた街へ向かって進んでいった。

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