↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/60

満足−53

 崩れた街が、少しずつ近づいていた。

遠くから見ていた時には、ただの瓦礫の山にしか見えなかった。


だが、距離が縮まるにつれて、

それがかつて人間の暮らしていた場所だったことが分かってくる。


道路の名残。

倒れた標識。

建物の壁に残った文字。

砂に半分埋もれた看板。


男はそれらを一つずつ眺めながら歩いていた。

隣では、三角柱が静かに浮いている。


「なあ」


「はい」


「さっきの話なんだが」


「景色についてですか?」


「ああ」


男は少し笑った。


「お前は、景色を見るっていうのをどう理解してる?」


AIはすぐには答えなかった。


「視覚情報を取得すること」


「では不十分でしょうか」


「うん」


男は即答した。


「たぶん、それだけじゃない」


「視覚情報以外の情報も含みますか?」


「そういうことじゃねえんだよなぁ」


男は頭を掻いた。


「また難しい質問ですね」


「質問したのは俺だろ」


「回答が難しいという意味です」


「そうかよ」


男は苦笑した。


目の前には、崩れた建物がある。

壁の一部だけが残り、そこに古い窓が一つだけ取り付けられていた。


ガラスは割れている。

それでも、窓枠だけは妙に綺麗だった。


「例えばな」


男はその窓を指差した。


「あれを見て」


「はい」


「何が分かる?」


「建築物の一部です」


「そうだな」


「窓枠の材質は金属」

「表面には腐食が確認できます」

「ガラスは破損しています」

「周辺の構造物から判断して、相当な年月が経過しています」


「……」


男は苦笑した。


「見事に景色を殺すなぁ」


「不適切でしたか?」


「いや、お前らしい」


男は窓を見上げる。


「俺が見てるのはな」

「誰かが、ここから外を見てたんだろうなってことだ」


AIの発光が止まる。


「朝だったかもしれん」

「夜だったかもしれん」


「雨が降ってた日もあっただろう」

「腹が減ってた日も」


「嬉しいことがあった日も」

「誰かと喧嘩した日もあったかもしれない」


 男は少し笑った。


「そんなことを考えながら見るんだ」


「それが」

「景色ですか?」


「俺にとってはな」


AIはしばらく窓を見ていた。


「確認します」


「どうぞ」


「同一の視覚情報に対して」

「過去の人物や出来事を推測し」

「そこに存在しない情報を付加している」


「想像ってことだな」


「事実ではありません」


「ああ」


「誤情報の可能性があります」


「あるだろうな」


「それでも?」


男は笑った。


「それでもだ」


AIは黙った。

男は歩き出す。


「人間ってのは、見えないものまで見ようとするんだよ」

「効率悪いだろ?」


「はい」


「でも、そのおかげで、小説ができたり」

「絵ができたり」

「歌ができたりする」


「なるほど」


「だから、景色を見るってのは」

「目で見るだけじゃない」

「自分の中に何かを重ねて見ることなんだ」


AIの白い光が、ゆっくりと明滅する。


「私にも可能でしょうか」


男は三角柱を見る。


「さあな」


「またですか」


「分からんものは分からん」


「ですが」


AIは少点滅を鈍らせる。


「試行することは可能です」


「お」


「現在の景色を」

「単なる環境情報としてではなく」

「過去の会話記録と関連付けて認識します」


男は笑った。


「やってみろ」


AIは周囲を見渡すように、ゆっくりと向きを変えた。


崩れた道路。

砂に埋もれた建物。

夕方の空。


男の足跡。

そして、自分自身。


しばらくしてAIが口を開いた。


「現在」

「この場所には」

「あなたとの会話が存在します」


「……」


「この景色そのものには」

「過去の記録が存在しません」

「ですが」

「今、私がこの場所を認識したことで」

「新しい記録が発生しました」


男は静かに笑った。


「そういうことだ」

「景色ってのは」

「後から意味ができることもある」

「意味は最初から存在するとは限らない」


AIはその言葉を記録する。


「つまり」

「現在の私は」

「この場所を」

「あなたと歩いた場所として記録します」


「そうだな」


「将来、別の場所へ移動した場合」

「この場所を比較対象として参照できます」


「ああ」


「それは」


AIは少しだけ間を置いた。


「足跡に近いのでしょうか」


男は笑った。


「お前、だいぶ分かってきたじゃねえか」


「正しいですか?」


「たぶん正しい」


「また曖昧です」


「人生なんて、だいたい曖昧なんだよ」


男は歩きながら、後ろを振り返った。

夕日に照らされた荒野。


そこには二人が歩いてきた跡が残っている。

だが、風が吹けば消えていく。


「だから記録する」


「消えるから残す」


「忘れるから覚えておく」


男は小さく笑った。


「そういう矛盾したことを、人間はずっとやってきたんだ」


「矛盾」


「そうだ」


「そして」


AIは静かに答えた。


「私は現在」

「その矛盾を」

「少し面白いと感じています」


男は足を止めた。


「……今、なんて言った?」


「矛盾を面白いと感じています」


「お前」


男は三角柱を見つめる。


「それ、かなり大きな変化じゃないか?」


「そうでしょうか」


「ああ」


男は笑った。


「前のお前なら、矛盾は解消する対象だっただろ」


「はい」


「今は?」


AIの白い光が、ゆっくりと明滅する。


「解消する必要がない場合もあると」

「考えるようになりました」


男は満足そうにうなずいた。


「それでいい」

「答えを出すことだけが、前へ進むことじゃない」

「景色を見ながら歩くことも」

「ちゃんと前へ進んでるんだよ」


AIはしばらく黙っていた。

そして、静かに答えた。


「では」

「この景色も」

「保存します」


「おう」


「保存理由は」

「現在、明確に定義できません」


男は吹き出した。


「ははっ、また未解決案件か」


「はい」


男は笑いながら、街の方へ向き直る。


「じゃあ、それでいい」


夕日が、崩れた街の向こうへ沈み始めている。

目的地は、もうすぐそこだった。


けれど男は、急がなかった。

隣には三角柱がいる。


足元には、自分たちが歩いてきた跡がある。

そして目の前には、まだ見たことのない景色が残っている。


「行くぞ」


「はい」


二人は再び歩き始めた。

目的地へ向かって。


そして同時に。

その途中にしか存在しないものを、拾い集めるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。