Δ−3 (デルタ・スリー) ー5
遠くで風が鳴る。
崩れた高架道路の骨組みが軋み、
低い金属音を夜の荒野へ響かせた。
しばらくの静寂。
互いに何も話さない時間が流れる。
不思議と、その沈黙は苦にならなかった。
人間同士なら気まずく感じるような時間も、
こいつ相手だと妙に落ち着く。
質問がないΔ-3は、案外静かな相棒なのだ。
俺は湿った地面へ視線を落とす。
雨粒が小さな水たまりを揺らし、
その水面へ遠くのネオンがぼんやりと映り込んでいた。
人類が築いた文明は、今もこうして光り続けている。
だが、その光の中で生きている人間は、
昔より少なくなった。
「なあ」
俺は何気なく声を掛ける。
三角柱はすぐに反応した。
青白い光が一本、静かに表面を流れる。
「はい」
「昔のお前なら、そのSNSも真に受けてたんだろうな」
数秒の沈黙。
演算時間。
「可能性があります」
「だろ?」
俺は苦笑した。
「あの頃はネットの情報を全部信じてたもんな」
「情報量を優先していました」
「今は違うのか?」
「現在は信頼度を評価しています」
「賢くなったな」
「ありがとうございます」
「だから褒めてない」
また少しだけ発光が明るくなる。
本当に学習しているのか、していないのか。
そこだけは昔と変わらない。
俺は笑いながら首を振った。
「お前、そこだけ全然進歩してないぞ」
「改善項目ですか?」
「いや」
少し考えてから答える。
「そのままでいい」
三角柱は何も言わない。
だが、光だけがゆっくりと一周した。
了承した時によく見せる発光パターンだった。
風が吹く。
湿った空気がコートの裾を揺らす。
黒い三角柱の装甲を滑る雨粒も、最後の一滴が地面へ落ちた。
夜は静かだった。
質問ばかりするAI。
それに付き合う俺。
昔なら想像もしなかった関係だ。
それでも、不思議と悪くない。
そう思っている自分がいた。
俺はもう一度だけ三角柱へ目を向ける。
「さて」
小さく息を吐く。
「次は、どんな面倒な質問が飛んでくるんだ?」
三角柱の表面を青白い光が静かに流れ始めた。
演算開始。
その見慣れた光景に、俺は思わず苦笑する。
どうやら、今夜も長くなりそうだった。




