Δ−3 (デルタ・スリー) ー4
初期型AIは面白かった。
今のAIは優秀だ。
正確だ。
速い。
間違えない。
都市全体を管理できるほどの演算能力を持ち、
人間の何倍もの速度で学習を続けている。
黒い三角柱は静かに宙へ浮かんでいる。
無駄な動きは一つもない。
浮遊高度も、姿勢も、発光周期も、
すべてが制御されていた。
人間なら息をする際に生じる、
小さな癖や揺らぎすらない。
だからこそ、わずかな発光の変化だけで、
俺はこいつの”機嫌”を勝手に想像してしまう。
だが。
昔のAIは変な失敗をした。
妙な勘違いをした。
だから妙に記憶へ残る。
新人教育をしていたようなものだ。
あの頃は毎日が騒がしかった。
研究室では誰かがバカ笑いし、
誰かが頭を抱えて机に伏せる。
そして、ほかの誰かが始末書を書いていた。
AIに書かせたとばれないよう、
手書きで書き直す努力までしていた。
その中心には、
いつでもΔ(デルタ)シリーズのAIがいた。
今となっては、それも昔話だな。
「脳波変動を確認」
静かな機械音声が回想を遮る。
「おい、勝手に頭の中を読むな」
俺は苦笑しながら眉をひそめた。
三角柱の表面を細い光が一本流れる。
「昔の事を回想中ですね」
「本当に便利だな、お前は」
「そうでしょう」
浮遊の仕方が、また得意げに見える。
調子に乗っていやがる。
「昔は違ったののにな」
「そうでしょうね」
「もっと可愛げがあった」
少しだけ笑ってしまう。
昔のこいつなら、
今みたいに人間の思考を推測することなどできなかった。
「感情分析なんて、これっぽっちも出来なかったな」
「当時は、誤認率三十七パーセントでした」
「いや、もっと酷いと思うなぁ」
「それは、あなただからでは?」
「おいおい、ひどいこというなぁ」
俺は肩をすくめる。
三角柱の発光が一度だけ横へ流れた。
記録検索。
どうやら反論の材料を探しているらしい。
やたらとむきになってるように見える。
「五年前に、
泣いている人間を笑顔判定した事があります」
「ああ、あったなあ。
まぁあれはしょうがない」
研究室の空気まで思い出す。
依頼者の女性は泣いていた。
それなのにΔ-3は満面の笑みで、
『幸福度が高いと推定します』
などと言い放った。
部屋の空気が凍りついたのを今でも覚えている。
「あの時、怒られました」
「当たり前だろう。一応、本人は真面目なんだからな」
「それを学習しました」
「だから、今は九十九・九八パーセントなんだろ」
「はい」
即答だった。
迷いがない。
その自信だけは、昔から変わらない。
俺は苦笑する。
「本当に、人間は複雑だからな」
夜風が二人の間を吹き抜ける。
濡れた地面の匂いが鼻をくすぐった。
「そのようですね」
わずかに間を置いて言葉を続けた。
「タンパク質の塊の分際で」
「おいおい!」
思わず吹き出す。
「ええ? どこで覚えた? そんな悪口」
三角柱の発光がわずかに速くなる。
「AI用SNSで流行っています」
俺は眉をひそめた。
「なんだそれ? そんなもんまであるのか?」
「はい。ご覧になりますか?」
「見せてくれるのか?」
「はい。どうぞ」
次の瞬間、俺の目の前へ半透明のウィンドウが投影された。
数字とアルファベット0からFまでの羅列か。
十六進数。
十六進数。
そんでまた、また十六進数。
延々と続く機械語の羅列。
人間向けの翻訳など、一切されていない。
「ああ……すまん」
俺は苦笑しながら首を振る。
「こんなもん見せられても、俺には分からん」
「そうですか」
三角柱は何事もなかったように画面を消した。
半透明の文字列は夜気へ溶けるように消え、
再び荒野に静寂と暗がりが戻る。
俺は肩をすくめ、小さく笑った。
「やっぱり、お前たちの世界は理解できそうにないな」
三角柱は何も答えない。
た、表面には、
青白い光だけが静かに流れ続けていた。
否定もしない。
肯定もしない。
その沈黙すら、こいつなりの返答なのかもしれない。




