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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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45/59

第45話 評価−45

 男は歩き始めた。

先ほどまでの会話を引きずるように、少しだけゆっくりとした歩調だった。

三角柱も、その隣へ何事もなかったように並ぶ。


足音と、風が砂を撫でる音だけが続いている。

しばらくすると、男は横目で三角柱を見た。


黒い機体は、いつもの高さを保っている。

その表面には、時折白い光が走る。


さっきまで自分の外観について、

あれほど真剣に考えていたとは思えないほど、いつも通りの姿だった。

だが、AIは何かを考え込んでいるようだった。


「質問があります」


「まだあるのか」


男は苦笑する。


「はい」


「今日は質問が多いな」


「未解決案件が増加しています」


「悪いことじゃない」


男は前を向いたまま答えた。


「人間なんて、一生未解決案件だらけだ」


AIは、その言葉を静かに記録する。

男はそれに気付いて、苦笑した。


「また記録してるのか」


「はい」


「まあ、いいけどな」


少し歩いてから、AIが改めて口を開いた。


「では質問します」


「人間は」

「なぜ評価を気にするのでしょうか」


男はすぐには答えなかった。


質問の意味を考えるように、少しだけ視線を落とす。

やがて前方へ目を向けた。


そこには、崩れた高速道路の残骸があった。

錆びた鉄骨が、もう誰も通らなくなった空を支え続けている。


かつては多くの人間が、その上を行き交っていたのだろう。

今は、風と砂だけがその下を通り抜けている。


「昔はな」


男がぽつりと話し始めた。


「群れで生きてたからだ」


「群れ」


「ああ」


男は歩きながら続ける。


「一人じゃ生きていけなかった」

「食べ物を手に入れるのも」

「危険を見つけるのも」

「子供を育てるのも」

「誰かと一緒じゃなきゃ難しかった」


AIは静かに点滅する。


「嫌われると」


男は言った。


「飯が食えない」

「仲間外れになれば」

「生き残れない」

「だから、他人からどう見られるかを、気にするようになった」


AIの発光が、ゆっくりと明滅する。


「生存戦略」


「そう」


男はうなずいた。


「元をたどれば、それだ」

「他者から受け入れられることが、生存に有利だった」


「はい」


AIは淡々と答える。


「ですが」

「現代では、一人でも生活可能です」


「ああ」


「それでも人間は評価を気にします」

「進化の名残ですか」


男は少し笑った。


「それもある。でもな」


男は一度言葉を切った。

そして、少しだけ遠くを見る。


「もっと厄介な理由もある」


「何でしょう」


男は足元の砂を軽く蹴った。

砂が小さく舞い上がり、風に流されていく。


「人間は、自分一人じゃ、自分が見えないんだ」


AIはその言葉に沈黙したように見えた。

男はその沈黙を気にせず、続ける。


「自分の顔だって」

「自分じゃ直接見られないだろ」

「鏡が必要なんだ」


「鏡」


「ああ」


男は隣の三角柱を見る。


「他人っていう鏡だ」

「褒められて」

「初めて、自分の長所に気付く」

「怒られて」

「初めて、自分の欠点を知る」

「もちろん、全部が正しいわけじゃない」

「でも」

「何かを映してはいる」


AIはしばらく考えた。

そして、ゆっくりと呟く。


「つまり」

「評価とは、観測装置」


「おっ」


男は嬉しそうに笑った。


「いい表現だ」


三角柱は続ける。


「他人は、自分を映すセンサーでもある」


男は少し感心したように三角柱を見る。


「そうそう、そういうことだ」


 AIは、そこで一つ疑問を提示した。


「ですが、センサーには誤差があります」


「あるさ」


男は即答した。


「人間なんだからな」

「感情も入る」

「好き嫌いも入る」

「その日の気分だって入る」

「見た目だけで判断することもある」

「だから」


 男は人差し指を立てた。


「一人だけ信じるな」

「十人見ろ」

「百人見ろ」

「その中で」

「何度も同じことを言われたなら」

「そこには何かある」


AIは高速で情報を整理しているようだった。


「複数の観測結果を比較する」

「評価の一致率を確認する」


「統計処理」


「近いな」


男は笑った。


「人間は無意識にやってる」

「誰か一人に何を言われたからって、

それだけで自分を決めたりはしない」

「まあ、決めちまう奴もいるけどな」


少しだけ苦い笑みが浮かぶ。


「でも、百人が全員、同じことを言ったとしても」


男はそこで一度立ち止まった。


最後に決めるのは、自分だ」


AIの発光が、ゆっくりと弱くなる。


「……自分」


「そう」


男は静かな声で答えた。


「他人は答えをくれない」

「材料をくれるだけだ」

「良い材料も」

「悪い材料もある」

「偏った材料だってある」

「でも、それをどう使うかは自分なんだ」


男は少し笑った。


「料理するのは、自分なんだよ」


AIは長い沈黙に入った。

今までで一番長い沈黙だった。


男は急かさない。


風だけが、二人の間を流れていく。

遠くで砂が崩れる音がした。


やがてAIは、小さく呟いた。


「私は」

「今まで」

「他人の答えを集めることが、学習だと思っていました」


男は何も言わない。


「評価された結果を集め」

「多数の意見を比較し」

「より正確な答えを選択する」

「それが、学習だと」


男は静かに聞いている。


「ですが」


AIの光が、ゆっくりと揺れる。


「答えを集めるだけでは」

「私にはならない」


男は静かに笑った。


「そうだ」

「そこから先が、お前自身だ」

「他人の答えを集める」

「それは知識になる」

「でもな」

「その知識をどう受け取るか」

「何を残すか」

「何を捨てるか」

「そして、何をまだ分からないままにしておくか」

「そこに、お前自身の判断が出てくる」


AIは何も答えなかった。

ただ、白い光をゆっくりと瞬かせている。


男はその様子を眺めながら、少しだけ笑う。


「どうだ?」

「難しいか?」


「はい」


AIは素直に答えた。


「非常に複雑です」


「だろうな」


「評価結果を一つに統合することは可能です」

「でも、それが正しいとは限りません」


「そういうことだ」


「そして」


AIは少しだけ間を置いた。


「評価を統合しないという選択肢も存在します」


「おう」


男はうなずく。


「それも一つの答えだ」


「未解決のまま保存することも」

「自分の判断なのですね」


「そういうこと」


AIの光が、ほんの少しだけ強くなる。


「……未解決案件が」

「また一つ増えました」


男は空を見上げ、大きく笑った。


「ははっ、いいじゃねぇか」


笑いながら、男は再び歩き始める。


「その未解決案件が増えるたびに」

「お前は少しずつ」

「お前になっていくんだから」


AIも、その隣へ静かに並んだ。


風は相変わらず吹いている。

砂も流れている。


それでも二人の歩みは止まらない。

答えを急ぐ必要はなかった。


今はただ、分からないものを分からないまま抱えて歩けばいい。

男はそう思いながら、隣を浮かぶ三角柱を横目で見た。


その姿は、いつもと何も変わらない。

それなのに。

ほんの少しだけ、昨日とは違って見えた。

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