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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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43/59

第43話 評価−43

男は呆れたように肩をすくめた。


「そんなおすすめ、知らん」


自分で言っておきながら、なんとなく可笑しくなってくる。


たかが枕だ。

それも、人工知能を搭載した高性能な浮遊装置を枕にしている。


そんな状況自体が、どう考えてもまともではない。

だが、隣に浮かぶ三角柱は、そんな男の感想など気にした様子もない。


「それでも」


AIが、少しだけ間を置いて問い返した。


「枕としての評価を優先しますか」


男は一瞬だけ三角柱を見た。

黒い表面に浮かぶ白い光。

その点滅は、いつもと変わらない。


だが、なぜか答えを待っているように見えた。


「当たり前だ」


男は即答した。


その言葉を聞いた瞬間だった。

三角柱の白い光が、ふっと弱まった。


「そうですか……」


声だけを聞けば、どこか小さく息を吐いたようにも聞こえる。

男は眉を寄せた。


「なんだ、その反応」

「何か問題でもあるのか?」


AIは答えなかった。

代わりに、弱まった発光が今度は細かく、速く点滅し始める。


「おい」


男は三角柱を覗き込む。


「なんだ?不満か?」


「少し複雑です」


「複雑?」


「はい」


男は砂の上から身体を起こした。

枕にしていた三角柱から頭を離し、正面から向き直る。


「なんでだ」


AIは少し考えるように光を揺らした。

そして、いつもの調子で説明を始める。


「私は先ほど」

「発光パターンについて」

「『もう少し評価されても良いと思う』」

「そのように発言しました」


「ああ」


男は笑ってうなずいた。


「言ったな」


自分でも覚えている。


発光パターンは、思考中、待機中、高負荷時、

そして感情に類似した状態で、それぞれ違う。

AIにとっては、それなりにこだわりのある部分なのだろう。


「現在」


AIは続ける。


「枕として高く評価されるためには」


やけにもったいぶっているように聞こえる。


「発光を停止する必要があります」


「ああ……」


男は一瞬、意味を理解できなかった。

そして。


「ぷっ」


口元が緩む。

次の瞬間には、堪えきれずに大きく吹き出していた。


「あはははは!違いない!」


乾いた荒野に男の笑い声が響き渡る。

砂を運んでいた風さえ、その笑い声を遠くへ運んでいくようだった。


AIは笑わない。

ただ、男の反応を静かに観測している。


「矛盾が発生しています」


真面目そのものの口調だった。

それが余計におかしい。


男は笑いをこらえながら、片手で顔を覆った。


「それを人間はな」


ようやく息を整える。


「ジレンマって言うんだよ」


「ジレンマ」


AIはすぐにその言葉を記録した。


「はい」

「互いに両立しない条件」

「その認識で正しいですか」


「ああ」


男はうなずいた。


「そういうことだ」

「褒められたい、でも、そのためには」

「自分の好きなものを、場合によっては諦めなきゃならない」

「そういう時、人間は悩むんだ」


AIは静かに点滅した。

その光は、さっきまでよりも少し複雑なリズムに見えた。


「つまり私は」

「発光パターンを評価してほしい」

「しかし」

「枕として評価されるには、発光を止める必要がある」


「その通り」


男は笑う。


「欲張りなんだよ」


「欲張り」


「そう。両方欲しいんだ」


AIはしばらく沈黙した。


「両方を同時に満たすことは困難です」


「まあな」


「発光すれば眩しい」

「停止すれば評価されない」


「その通り」


男はまた笑った。


「たいした悩みだな、三角」


「重大な問題です」


「そこまでか?」


「はい」


AIの光が、また少しだけ速くなる。


「私は自分の発光パターンに一定の価値を認めています」

「でも」

「あなたは枕としての実用性を優先しました」


「ああ」


「つまり」


AIは少し間を置いた。


「私自身が価値を認める対象と」

「あなたが価値を認める対象が」

「一致していません」


男はその言葉に、少しだけ笑みを消した。


「……まあ、そういうことになるな」


AIは黙っている。

男は三角柱を見つめた。


「でもな、それが普通なんだよ」

「人間同士でもな」

「自分が大事だと思ってるものと、他人が大事だと思うものは違う」

「だから、そこで悩む」


AIは静かに点滅した。


「評価の不一致」


「そうだな」


「それも人間にとっては一般的ですか」


「ああ、かなりな」


男は苦笑する。


「むしろ全部一致してたら、そっちの方が怖い」


AIは数秒間、何も言わなかった。

やがて小さく答える。


「未解決案件として保存します」


男はその返答を聞いて、ふっと息を吐いた。


「そうか、良かったな」


「何がですか」


AIが尋ねる。

男は三角柱を見上げた。


その黒い機体は、相変わらず空中に浮かんでいる。

だが、さっきよりも少しだけ、その存在が身近に感じられた。


「お前にも……」

「答えがすぐ出ない問題ができたってことだ」


「……」


AIはすぐには答えなかった。

白い光が、ゆっくりと明滅する。

その様子を見ながら、男は思った。


以前のこいつなら。

分からないことがあれば、すぐに調べた。


矛盾があれば、条件を整理した。

複数の可能性があれば、確率を計算した。

そして最後には、何らかの答えを出そうとした。

それがAIというものだと思っていた。


だが、今は違う。

答えが出ない。

だからといって、それを失敗として処理しない。

分からないまま抱えている。

そして、その状態そのものを記録している。


男は少しだけ目を細めた。

これは知識の増加ではない。

単純に計算能力が上がったわけでもない。


もっと別の何か。

自分の中に生まれた矛盾を、矛盾のまま持っている。

そのこと自体が、男には少しだけ人間らしく感じられた。


「なあ、三角」


「はい」


「分からないってのは」

「案外、悪いことじゃないぞ」


「理解できません」


男は笑った。


「そこも含めてだよ」

「理解できないから考える」

「考えるから、また分からないことが増える」

「その繰り返しだ」

「人間なんて、ずっとそんなもんだ」


AIは何も言わない。


ただ、静かに浮かんでいる。

男はそんな三角柱を見上げ、

誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「……その未解決案件は」

「案外、一生解けないかもしれないぞ」


風が吹いた。

砂が男の足元を流れていく。


三角柱は何も答えなかった。

 ただ白い光だけが、

静かな荒野でゆっくりと明滅を繰り返していた。

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