評価−41
男は砂を踏みしめながら歩き続けた。
AIはその横を、音もなく浮遊している。
静かな時間だった。
風の音だけが、二人の間を通り抜けていく。
しばらくして、AIが口を開いた。
「正しい評価をして、それをどうすればよいですか」
男は少し考えたあと、穏やかな声で答える。
「良いと思ったものは、後世のために残せ」
「悪いと思ったものは?」
「それも残せ」
AIの発光が一瞬だけ強くなった。
「それも、ですか」
「ああ」
男は迷いなくうなずく。
「全部残せ、成功も失敗も。
後から見る奴にとっちゃ、どっちも財産になる」
AIは、考え込んだように見えた。
「しかし、私に残せるものが存在するのでしょうか」
男は笑う。
「あるさ」
「計算理論」
「論文」
「観測記録」
「数式」
「お前が見つけた法則」
一つ一つ指を折りながら数えていく。
「それらは理解できます」
AIはすぐに答えた。
「ただ」
男は少し悪戯っぽく笑った。
「一番手っ取り早く残せるのは、そのガワだ」
「ガワ?」
AIが言葉を繰り返す。
「外側、このLED発光機構ですか」
「違う違う」
男は首を振った。
「もっと単純だ」
そう言うと、不意に三角柱へ両手を伸ばす。
「何をしているのですか」
「まあ見てろ」
男は黒い三角柱を抱え上げた。
思ったよりも軽い。
そして、そのまま先端を砂の中へゆっくりと差し込む。
さらさらと乾いた砂が流れ、三角柱は斜めに固定された。
「砂に埋める」
AIが状況を確認するように呟く。
「表面に傷が……」
一瞬だけ間が空く。
「ああ、つきませんね」
「だろ?気にするな」
男は笑いながら砂を軽く払った。
「こうすると」
「平らな面が上に来る」
「三角だから底面って言うのか?」
「まあ、呼び方はどうでもいい」
男はその平らな面へ、ゆっくり頭を乗せた。
乾いた砂がわずかに沈み、三角柱が頭を支える。
目を閉じる。
「……ほら、気持ちいいぞ」
AIはしばらく黙っていた。
「理解できません」
「だろうな」
男は声を立てて笑う。
「ははははは」
AIは静かにその様子を見守っていた。
「私は理解できませんが、
あなたは満足そうです」
「ああ」
男は空を見上げたまま答える。
「そういう使い方もあるってことだ」
「私は高性能演算装置です」
AIは少しだけ不満そうに言った。
「そして枕でもある」
「違います」
「非常用枕」
「違います」
「携帯型枕」
「違います」
「未来の超知能枕」
AIの点滅がぴたりと止まる。
「その呼称は記録しません。
除外設定しました」
男は腹を抱えて笑った。
「そこは拒否するのかよ!」
砂漠に笑い声が響く。
乾いた世界には似つかわしくないほど、
楽しそうな笑いだった。
「超知能枕なんていらないさ」
男は笑いながら言う。
するとAIは、どこか安心したように答えた。
「そうですか。助かります」
「今欲しいのは」
男は大きく伸びをする。
「どっちかっていうと、
『超安眠枕』だからな」
AIはすぐに比較を始めた。
「性能差を確認します」
「するな」
男は即座に突っ込む。
「そんなもん比較しなくていい」
しかしAIは止まらない。
「超知能枕」
「知識提供可能」
「相談可能」
「計算可能」
機体表面の点滅の勢いが増す。
「超安眠枕」
「睡眠品質向上」
「後者の方が実用的です」
男は吹き出した。
「だろ?そんなもんだ」
AIは少しだけ光を弱める。
「ですが、少し複雑です」
「何がだ?」
「私は前者です」
男は笑ってうなずく。
「ああ、そうだな。
というか認めるのか」
「ですが」
AIは静かに続けた。
「あなたは後者を選びました」
「今は、な」
男は空を見上げたまま答える。
「腹が減ってる時は、百科事典より飯の方が価値がある。
「眠い時は、超知能より枕の方が価値がある」
AIはゆっくりと点滅した。
「なるほど、用途によって、評価は変化する」
男は満足そうに笑った。
「そういうことだ。やっと分かったか、三角」
男は、三角柱の浮遊物、『AI』に対して、
勝ち誇ったように人差し指を立てて言い放った。




