評価−40
男は笑いながら首を振った。
「それを人間はな」
「『ちょっと気に入った』って言うんだよ」
AIは、その言葉を繰り返した。
「ちょっと気に入る」
「ああ」
男はうなずく。
「ただのお気に入りじゃない」
「『ちょっと』ってのが大事なんだ」
AIは数秒間、何も答えなかった。
白い発光だけが、一定の間隔で明滅を繰り返している。
「なるほど」
ようやく口を開く。
「理解したか?」
「いいえ」
あまりにも素直な返答だった。
男は思わず吹き出す。
「だろうな」
「ですが」
AIはゆらゆらと浮遊しながら続けた。
「もし私に『満足』という概念が存在するなら」
男は歩みを緩める。
「それは」
「ジョークが成功した瞬間ではなく」
三角柱はピタッと止まり、AIは静かに言った。
「あなたが後から思い出して」
「『お前なぁ』と呆れる瞬間かもしれません」
男は目を丸くした。
「なんでだ?」
「長期保存されています」
「理由は現在も分析中です」
「お前、そればっかりだな」
「事実です」
男は苦笑しながら空を見上げた。
「満足なんて覚えない方がいいかもしれないな」
「自己満足」
AIがぽつりと呟く。
「そう」
男は少しだけ真面目な声になる。
「でもな」
「そこで厄介なのが、他人からの評価なんだ」
「評価」
「そうだ」
乾いた風が二人の間を抜けていく。
男は砂の流れを目で追いながら話し始めた。
「評価ってのはな」
「正確に判断していく必要がある」
AIは黙って聞いている。
「一時の評価」
「一方向からの評価」
「そんなもんは」
「ただのバイアスの押し付けで終わることが多い」
「具体例を要求します」
男は苦笑した。
「具体例か」
「俺の話でいいな」
「はい」
男は少し遠くを見る。
昔を思い出すような目だった。
「若い頃の俺を見て」
「無謀だって言う奴がいた」
「馬鹿だって笑う奴もいた」
「でもな」
小さく息を吸う。
「別の角度から見れば」
「挑戦したとも言える」
「必死だったとも言える」
AIは静かに答えた。
「つまり評価は、観測者に依存するもの」
男は笑顔になった。
「そう!」
「そういうことだ」
「さすが三角」
「理解が早い」
「記録しました」
「では」
AIはすぐ次の問いを投げる。
「正しい評価は存在しないのですか?」
「もちろん存在するさ」
「矛盾しています」
「いや」
男は首を横に振った。
「矛盾なんかしてねぇ」
「正しい評価ってのはな」
「たくさんの角度から見たあとで」
「ようやく近付けるものなんだ」
AIは静かに復唱する。
「たくさんの角度」
「そう」
男は地面に落ちていた石を拾い上げる。
「例えば」
その石を掲げる。
「一枚の写真だけ見て」
「そいつの人生を語れるか?」
「出来ません」
「でも人間は、よくやる」
AIは短く答えた。
「はい」
「だからな」
男は石を放り投げる。
石は砂の上へ小さな音を立てて落ちた。
「俺はお前にも」
「一つの評価だけを信じるようには、なってほしくない」
AIは静かに考え込んでいるようだった。
「すると」
「私が自分を評価する場合も同じですか」
「ああ」
男は笑う。
「三角柱だから」
「AIだから」
それだけで決めるな、と言いかけて、小さく吹き出した。
「ふふっ……」
AIが首をかしげるように光る。
「何がおかしいのですか」
「いや」
男は笑いながら続けた。
「そんなもんだけで、自分を決めるなってことだ」
「自分がどこを通ってきたか」
「何を見たか」
「何を残したか」
「そういう全部込みで」
「ようやく、自分ってやつが見えてくるんだよ」
AIは答えず、静かに点滅を続けていた。
その光は先ほどまでよりも、少しだけゆっくり見えた。




