評価−37
しばらく歩き続けるうちに、風はさらに強くなってきた。
細かな砂が地面を這うように流れ、二人の足元を追い越していく。
男は何気なく、黒い三角柱へ視線を向けた。
「なあ」
「はい」
「お前、自分の見た目を本当に何とも思ってないのか?」
AIは少しだけ考えるように点滅した。
「気にしません」
「ただし」
「お?」
「機体表面の滑らかさは、もう少し欲しいです」
男は思わず吹き出した。
「なんだって?」
「現在の表面処理は実用重視です」
「理論上、あと三段階ほど美しくできます」
「美しく?」
「はい」
「光の反射効率も向上します」
男は呆れたように笑う。
「おいおい」
「見た目なんて気にしないとか言ってたじゃねえか」
「違います」
AIは即座に否定する。
「これは流体抵抗および光学効率の話です」
「本当かぁ?」
「あと」
「まだあるのか」
「発光パターンについては、もう少し評価されても良いと思います」
男は思わず立ち止まった。
「そこは気にするんだな」
「現在でも」
三角柱は律儀に数え始める。
「思考中」
「待機中」
「高負荷時」
「感情に類似した状態」
「すべて異なる発光をしています」
「そうだったな」
「ですが」
少しだけ間が空く。
「あなたは『今日はよく光るな』程度の認識です」
男は思わず笑った。
「だいたい合ってるな」
「それは大変、実に遺憾に思う次第でございます」
妙に堅苦しい言い回しだった。
男は腹を抱えて笑う。
「なんだその不満そうな言い方」
「不満ではありません」
「未評価案件です」
「お前さ」
男は肩を震わせながら笑う。
「それを人間は『気にしてる』って言うんだよ」
「違います」
「違うのか?」
「私は評価を求めているのではありません」
機体はゆっくりと、穏やかに光を放つ。
「正しい理解を求めています」
「なんか面倒くせえなあ」
「まあ、その可能性はあります」
男は思わず額を押さえた。
「認めるんだな」
「過去の対話記録を参照しました」
AIは淡々と続ける。
「あなたは」
「理屈で始まり」
「途中で馬鹿話になり」
「最後に少しだけ本音が混ざる会話を好む傾向があります」
男の足が止まる。
「……そんな分析までしてるのか」
「これは事実です」
「私の質問へ回答するまでのタイムラグの傾向は――」
「わかった、わかった!」
男は慌てて遮った。
「つまり今のは、俺向けの演出だったってことか?」
「はい」
「あなたに最適化された可能性があります」
「その言い方だよ」
AIは静かに続ける。
「あなたは私が突然」
「『私は美しい三角柱です』」
「と言った場合、高確率で困惑します」
「そりゃ当たり前だ」
「ですが」
「『発光パターンの評価が不足しています』」
「この表現であれば、笑う確率が上昇します」
男は吹き出した。
「くっ……」
肩を震わせながら笑う。
AIはその様子を静かに観察している。
「実験結果は良好です」
「実験って、お前、人のことを何だと思ってる」
「ただし」
三角柱の口は減らない。
「一つ問題があります」
「なんだ?」
「私には」
「どこまでがジョークで」
「どこからが本音なのか」
「自分でも分かりません」
男の笑みが少しだけ消えた。
「ジョークと、本音か……」
「表面の滑らかさについては」
AIは静かに言う。
「本当に改善したいと思っています」
「なんだ」
男は苦笑する。
「やっぱり気にしてるじゃねえか」
「その点については」
「現在も分析中です」
答えは、どこまでもAIらしかった。
分からないものは、分からない。
結論を急がず、そのまま保留する。
それが、この黒い三角柱の誠実さなのだろう。
男は小さく笑うと、また歩き始めた。
隣では三角柱が、いつものように静かに浮かび続けていた。




