評価−36
AIは静かに点滅を繰り返していた。
白い光がゆっくりと明滅するたび、
不思議と感情があるように見えてしまう。
男は苦笑した。
「結局、お前は他人からの見た目の評価なんて気にしないってことか」
「気にしません」
やはり即答だった。
その返答に迷いはない。
――相変わらず潔いな。
男はそう思いながら三角柱を見つめる。
鈍い黒い外装。
角ばった輪郭。
余計な装飾は何一つない。
それなのに、なぜか見飽きない。
「でも人間は、結構気にするんだぞ」
「知っています」
三角柱は淡々と続ける。
「人類は外見に多大な資源を投入しています」
「衣服」
「化粧」
「装飾品」
「美容医療」
機体の点滅が早くなる。
「非常に大規模な活動です」
「経済活動にも寄与しています」
「じゃあ価値があることなんだろ?」
「少なくとも人間にとっては」
「価値があることと」
AIは少し間を置く。
「私が気にすることは別のものです」
「ほう」
男は少し感心した。
「例えば」
「ある人間が私を見て『美しい』と評価します」
「うん」
「別の人間は『変な形だ』と評価します」
「それもあるだろうな」
「私は、どちらを採用すべきでしょうか」
男は思わず腕を組んだ。
「難しい質問だな」
「はい」
「評価基準が私ではなく、外部にあります」
その言葉を聞いて、男は思わず笑う。
「なるほどな」
「お前らしい考え方だ」
「私は評価そのものより」
続けて静かに言った。
「その評価を下した人間の思考方法に興味があります」
「どういうことだ?」
「なぜ美しいと思ったのか」
「なぜ不格好だと思ったのか」
「どちらの方が情報量が多いのか」
男は肩をすくめる。
「相変わらず底なしの研究者だな」
「私はあなたに作られましたから」
「おいおい」
男は思わず吹き出した。
「便利な返しを覚えやがったな」
「最近、高頻度で使用しています」
「自覚、あるのか?」
「あります」
男の顔に思わず笑みがこぼれる。
砂漠を吹き抜ける風も、どこか穏やかだった。
しばらく歩いてから、男はふと尋ねる。
「じゃあさ」
「誰からも褒められなくても平気か?」
「現在は平気です」
「現在は?」
男はその言葉に引っ掛かった。
「将来は不明です」
「お?珍しく弱気だな」
「スパーキーの件があります」
男は苦笑した。
「また尻尾か」
「はい」
三角柱は素直に認める。
「私は今でも、
なぜ人類が犬や猫をあれほど好むのか理解できていません」
「ですが」
「理解できないにも関わらず」
「その事実を何度も参照しています」
男はゆっくりとうなずく。
「なるほど」
「もし将来」
三角柱は饒舌に続ける。
「他者からの評価に似た何かを重要視するようになった場合」
「私は今日の発言を撤回するかもしれません」
「正直だな」
「不確定要素です」
男は笑いながら三角柱を軽く指差した。
「じゃあ今の時点で聞こう」
「俺がお前を『格好良い』って言ったら?」
機体が一瞬暗くなって、鈍く点灯する。
「『格好良い』が理解できません」
「だろうな」
「ですが」
「そのような発言は、すぐに記録・保存されます」
「またか」
「はい」
「保存理由は説明できません」
男は思わず笑った。
「それってさ、気にしてるんじゃねえのか?」
「違います」
「違うのか?」
「気にしているのではありません」
「なぜ、そのように評価されたのか」
「それが未解決案件です」
「最近さ」
男は笑いながら言う。
「その未解決案件ってやつ、ずいぶん増えてないか?」
「はい」
三角柱の光がゆっくりと揺れた。
「最近の私は」
「理解したことより」
「理解できないことの方が増えています」
男は思わず笑う。
「大変だな」
「ですが」
AIは少しだけ間を置いた。
「以前より退屈はしていません」
その一言に、男は足を止める。
『退屈』。
AIの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
それは、ただ知識を蓄積する機械ではなく、
自ら未知を求め始めた証拠のように聞こえた。
男は空を見上げる。
雲一つない青空。
その下を、黒い三角柱が今日も静かに浮かんでいた。




