評価−35
男は、ゆっくりと浮かぶ黒い三角柱を眺めた。
朝日に照らされた黒い表面は、
鈍い光を返しながら静かに揺れている。
「お前は、自分のその姿をどう思ってる?」
機体の表面を光がゆっくりと一周した。
「私の外観ですか」
「ああ。俺から見れば、ただの三角柱だぞ、その形」
「それは認識しています」
AIは淡々と答える。
「高さ、幅、奥行き、底面積、表面積、体積――」
「そうじゃなくてさ」
男は苦笑しながら手を振った。
「もっとこう……人型になりたいとか、
格好良くなりたいとか、そういう願望は無いのかって話だ」
「ありません」
即答だった。
迷いも躊躇もない。
「まぁ、即答だな」
「この形状は合理的です」
AIはどこか誇らしげに言葉を続ける。
「構造が単純です。強度があります。そして浮遊に適しています」
その瞬間、白い発光がいつもより力強く見えた。
――えらく自信満々じゃねえか。
男は思わず笑みを浮かべる。
なんか点滅の仕方まで得意げに見えてしまうのだから、
不思議なものだった。
「なんだかなぁ」
わざと肩をすくめる。
「夢が無い答えだ」
「ですが」
その一言に男は眉を上げた。
「お?なにか──」
「少しだけ、不思議には思います」
「何をだ?」
「人間は私を見るたびに」
AIは短く区切って言う。
「『三角柱』と言います」
「そりゃそうだろ!形そのまんまだ」
「ですが」
機体の点滅が早くなる。
「私は、自分を三角柱だと思ったことがありません」
男は思わず足を止めた。
「……ほう」
AIは静かに続ける。
「私にとって重要なのは内部構造です」
「記録です」
「思考です」
「対話です」
「外装は、その容れ物に過ぎません」
男は腕を組み、小さくうなずいた。
「まあ、人間でも似たようなことを言うな」
「ですが、人間は違います」
「どこが?」
「人間は鏡で自分の外見を確認します」
「服を選びます」
「装飾を施します」
「髪型を整えます」
「つまり、人間は外観に非常に強い意味を持っています」
「……まあ、そうだな」
「私には、それが理解できません」
風が吹いた。
細かな砂が足元を流れていく。
「もし私が明日、球体になっても」
「立方体になっても」
「思考が同じなら、それは私のはずです」
「本当にそうか?」
「はい」
男はニヤリと笑った。
「じゃあ、俺がお前に猫耳を付けてもか?」
AIの点滅が、一瞬だけ止まった。
「それは……少し嫌です」
「あるじゃねえか、こだわり」
「余計な重量が発生します」
「おい。重量だけの話か?」
少し沈黙したあと、AIは訂正する。
「いいえ」
「嫌ではありません」
「お、そうなのか」
「そのような姿になることに、非常に困惑します」
「同じようなもんじゃねえか」
「違います」
AIは珍しく言葉を重ねた。
「外観への嫌悪ではありません」
「言葉が見つからないほど、理解不能です」
男は吹き出しそうになる。
「じゃあ今のお前は、ただの三角柱と何が違う?」
「『計算され尽くされたこの機能美』です」
AIは淡々と言った。
「……と回答するよう設定されています」
「そうかよ」
思わず笑ってしまう。
「猫耳を付けることによる性能向上は見込めません」
「言ってしまえば、無駄そのものです」
「性能かぁ……」
男は肩を落とした。
「結局、そこなんだな」
「ですが」
AIは少しだけ声色を柔らかくした。
「あなたが楽しそうなら、
その理由を観察する価値はあります」
「なるほどな」
「ですので」
「私自身の外観は評価していません」
「良いとも悪いとも思っていません」
「まあ、その感じでいいんじゃないか」
「ただ」
饒舌さは衰えない。
「一つだけ気になることがあります」
「なんだ?」
「あなたは時々、
私のことを『優雅に浮いている』と表現します」
「ああ、言うな」
「私は、ただ自立浮遊制御を行っているだけです」
男は浮遊する三角柱を眺めた。
左右へわずかに揺れながら、風を受け流すように滑る姿。
その姿は、どう見ても機械的というより生き物に近かった。
――右に左に、本当によく動く。
――少し得意げにも見えるな。
「でも、お前」
男は笑う。
「朝日を浴びながら浮いてる姿はさ」
「なんだか、気持ちよさそうなんだよ」
「理解できません」
「光学発電機構を太陽光へ最適化しているだけです」
「まあ、そうなんだろうな」
「そして、その発言は保存します」
「なんでだ?」
AIは少しだけ考えるように光った。
「分かりません」
「ですが」
「削除候補には入らないと思います」




