評価−34
朝の砂漠を渡る風が、少しだけ強くなった。
男は頬をなでる乾いた空気に目を細め、
隣を静かに浮遊する黒い三角柱へ視線を向けた。
「ん? 風が出てきたか」
すぐに返事が返ってくる。
「本日の夜は砂嵐が発生する可能性が七八・九パーセントです」
「砂も滴るってやつか」
軽口のつもりだった。
だが三角柱は一瞬だけ沈黙し、規則正しく白い光を点滅させる。
「そのような諺は、記録にありません」
「そりゃそうだろうな」
「『水も滴る』であれば、
男性の容姿を表す言葉として存在していることを確認しました」
「そりゃそうだ」
AIは少し間を置いてから続けた。
「それで、『砂も滴る』の意味を即回答願います」
「いやだ」
「なぜですか」
矢継ぎ早に質問が重なる。
「私の記憶領域を心配しているのですか。
それならば――」
「そんなこと言ってない」
男は慌てて言葉をかぶせた。
しかし三角柱は止まらない。
「では回答を求めます」
男は頭をかきながら苦笑する。
「恥ずかしいからだ」
「恥ずかしいとは、なぜですか」
「俺の造語だからな」
「つまり、あなたは恥ずかしいことを言ったということですね」
「ああ、そうだ」
男はため息をついた。
三角柱は何も言わない。
ただ、いつものように一定のリズムで静かに点滅しているだけだった。
――くそお。
男は内心で毒づく。
なぜだろう。
ただ光っているだけなのに、
その光り方が妙に人を小馬鹿にしているように見えてしまう。
「ピカ……ピカ……」
一定の間隔で繰り返されるその点滅が、
今日は妙に腹立たしかった。
やがてAIが結論を口にする。
「砂も滴るとは、恥ずかしいことである……」
「ちょっと待て!」
思わず大声になる。
「砂に潜りたいという意味でしょうか。
『穴があったら入りたい』と同義で、
素材が砂に変わっただけで――」
「わかった。俺が悪かった」
男は両手を上げて降参した。
「どういうことでしょうか」
「冗談だ。ジョークだよ」
AIは短く沈黙した。
「冗談でしたか。では冗談カテゴリに追加します」
「しなくていい」
「追加しました」
「そうかい」
もう止めても無駄だ。
男は諦めるしかなかった。
「何かお気に障りましたか」
「なにも」
「そうですか。では、いつも通り会話を」
「そうだな」
三角柱はすぐに話題を切り替える。
「では、砂嵐について」
「砂嵐が来ると、どうなるんだ」
「砂嵐は砂漠地帯でよく発生が認められる自然現象で、
強風とともに砂が舞い上がり――」
「ああ、それは分かってる」
説明を途中で止める。
「では何を調べましょうか」
男は少し考えてから尋ねた。
「砂嵐が来ると、お前は困るのか」
「浮遊制御のための計算量が増加します」
「それだけか」
「強風のため浮遊エネルギーの消費が増えます」
「そういうことだけか」
AIは少し考え込むように点滅した。
「他に、何が」
「砂が入ったりとかさ」
「それはございません」
「そうなのか」
「私の表面には継ぎ目も段差も存在しませんので」
男は感心したように三角柱を見つめた。
「まったくか?」
「正確には、『砂粒によって影響を受けるような段差』は存在しません」
「そりゃあ、よかったな」
「それはどういう意味合いのお言葉でしょうか」
「いや、砂粒が入り込まなくても表面には残るだろ」
「それは残ります」
AIは即答する。
「摩擦により静電気も発生します。
表面には薄く砂の膜のようなものが認められる可能性が高いです」
「そうか。見た目には、ちょっとな」
「ちょっとなんですか」
男はふと思い出したように足を止めた。
「そうだ。前から聞いてみたかったんだ」
ゆっくりと浮かぶ黒い三角柱を見つめる。
「お前は、自分のその姿をどう思ってる?」




