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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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33/39

自分を許す−33

 朝日はすでに頭上近くまで昇っていた。


夜の冷気はすっかり姿を消し、荒野には乾いた風だけが静かに流れている。


崩れた高架道路の影を抜け、風化したコンクリート片を踏み越えながら、俺たちはゆっくりと歩き続けていた。


足元で砕けた小石が乾いた音を立てる。


その音だけが、この広い世界で人間がまだ生きている証のように響いていた。


俺の足音。


そして、そのすぐ隣を、黒い三角柱が音もなく浮遊している。


三十センチほどの黒い金属塊。


朝日を受けた継ぎ目のない機体は鈍く光り、表面を一本の青白い発光がゆっくりと巡っていた。


風が吹いても姿勢は崩れない。

高度も変わらない。

まるで重力そのものから切り離された存在のようだった。


この静かな時間も、いつの間にか当たり前になっていた。

最初は、その無機質な沈黙が気味悪かった。

今では、この静けさが隣にない方が落ち着かない。


そんな自分がおかしくて、思わず苦笑する。

やがて三角柱が静かに口を開いた。


「例えば」

「あなたが亡くなった時」


俺は思わず眉をひそめる。


「朝っぱらから縁起でもねえな」


肩をすくめながら苦笑するが、三角柱は気にする様子もない。


青白い光だけが一定の速度で機体を巡り続ける。


「私は記録を保存できます」

「会話を保存できます」

「音声も、表情も、心拍数の推移も全てです」


淡々とした口調だった。

事実だけを述べる、いつものAIらしい説明。

だが、その言葉の一つひとつが、不思議なくらい胸へ重く落ちていく。


朝日を受けて黒い機体が柔らかく輝く。


まるでその光景だけが、この世界に残された穏やかな時間を切り取っているようだった。


「ですが」


三角柱は少しだけ間を置いた。

演算しているのだろう。


青白い光が一周し、静かな機械音だけが俺の耳へ届く。


「それがあなたの価値になるとは思えません」


俺は何も言わなかった。

言葉を挟めなかった。

数字なら残せる。

記録も残せる。

だが、人間はそれだけじゃない。

そんなことを、こいつは理解し始めている。


三角柱はさらに続けた。


「……むしろ」

「数字にならなかった部分の方が」

「大きい気がします」


朝風が吹き抜ける。

乾いた草が波のように揺れ、小さな砂埃が二人の前を転がっていった。


遠くでは崩れた高架橋が陽炎に揺らぎ、廃墟となった都市が霞んで見える。


世界は静かだった。

静かだからこそ、その言葉だけが鮮明に残る。


「何故そう思うのかは説明できません」

「論理的根拠もありません」

「ですが」

「あなた達が何千年も守ろうとしてきたものは」

「恐らくそちら側です」


俺は静かに頷いた。


「続けろ」


三角柱の表面を青白い光がゆっくりと一周する。

まるで頭の中で言葉を選び、一つひとつ確かめながら話しているようだった。


「友情」

「愛情」

「信頼」

「許し」

「誇り」

「信念」


その単語が一つ語られるたび、俺の脳裏には様々な人の顔が浮かんでは消えていく。


研究所で笑っていた仲間。

もう二度と会えない人達。

守れなかった約束。

守り続けた約束。


人間は、そんな積み重ねの上に立って生きている。


「どれも定量化は可能です」

「ですが」

「定量化した瞬間に何かが欠ける」

「そんな気がします」


俺は苦笑した。


「お前が『気がします』なんて言う日が来るとはな」


三角柱は静かに答える。


「現在の分析では」

「これ以上、適切な表現が存在しません」


少しだけ発光が揺れる。

迷っているのか。

それとも、自分でもその感覚を不思議に思っているのか。


俺には分からない。

その返事に、俺は思わず笑った。


「いいじゃねえか」

「たまには曖昧でも」


三角柱は少しだけ沈黙した。


朝の風だけが二人の間を流れ、青白い光だけが静かに装甲を巡り続ける。


長い演算時間だった。

そして、小さく呟くように言った。


「……なるほど」

「もしかすると私は今」

「理解に近付いているのではなく」

「理解できない事を受け入れる練習をしているのかもしれません」


俺は思わず歩みを止めた。

乾いた風だけが頬を撫でる。


その言葉は、今まで聞いたどんな分析結果よりも、

どんな正解よりも、人間らしく聞こえた。


理解することではない。

理解できないまま受け入れること。

それは人間が何千年も繰り返してきた営みそのものだった。


俺は小さく笑う。


「そうか……良い子だな」


朝日が二人を照らしていた。

黒い三角柱は何も答えない。


ただ静かに浮かび、青白い光だけが穏やかに巡り続けている。


褒められたことを分析しているのか。

あるいは、何も考えていないのか。

今となっては、その違いさえどうでもよかった。


俺は照れ隠しのように肩をすくめる。


「でも、頭でっかちになるなよ」


少しだけ間を置く。

空を見上げる。


どこまでも青く澄んだ空だった。


「……なんて、無理な話か」


三角柱は返事をしない。


俺は思わず笑った。

返事がなくても分かる。


こいつは今も、俺のその言葉を一生懸命分析しているのだろう。


「頭でっかちとは何ですか」


そんな質問が、きっと今日のどこかで飛んでくる。


その時はまた、答えのない話をするだけだ。

それでいい。

答えを探すことよりも。

答えを探し続ける相手が隣にいることの方が、今は少しだけ大切に思えた。


俺はそんな未来を思い浮かべながら、再び歩き始める。


三角柱は何も答えない。

ただ静かに。

いつも通り優雅に宙へ浮かび、何も言わず俺の隣をついてきた。


朝の光に照らされた一人と一機の影は、ゆっくりと荒野の彼方へ伸びていった。

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