自分を許す−30
朝日はすっかり空高く昇っていた。
荒野を渡る風は少し暖かくなり、
崩れた高架道路の影も短くなり始めている。
黒い三角柱は、相変わらず俺の隣を静かに浮遊していた。
音もなく。
迷いもなく。
ただ、青白い光だけがゆっくりと機体の表面を巡っている。
しばらく風の音だけが続いた。
やがて三角柱が静かに口を開く。
「……ですが」
「私は少し疑問があります」
俺は笑う。
「また質問か」
「はい」
「あなたは本当に許しているのですか」
俺は少しだけ目を細めた。
三角柱は続ける。
「猫を神と判定した私を笑います」
「若い頃の自分も笑います」
「ですが」
「その話をする時のあなたは」
「どこか嬉しそうです」
「それは許しているというより」
「気に入っているように見えます」
俺は思わず吹き出した。
「そこまで見てたのか」
三角柱は淡々と続ける。
「失敗した自分も」
「未熟だった自分も」
「全部ひっくるめて」
「自分の歴史として愛着を持っている」
「その状態を」
「人間は許すと言うのでしょうか」
俺はしばらく答えなかった。
風が吹く。
朝日に照らされた草が静かに揺れる。
失敗。
後悔。
恥ずかしい思い出。
若い頃は消してしまいたかった記憶ばかりだ。
それでも今は。
どれも笑って話せる。
俺は小さく笑った。
「人間は許しあってここまで生きてきたんだよ」
「そうでなければ、
今頃とっくに地上から居なくなってるだろうな」
三角柱はすぐに答えた。
「その仮説は有力です」
「人間は不完全です」
「間違えます」
「裏切ります」
「判断を誤ります」
「それでも種として存続した」
「ならば」
「許しは美徳ではなく」
「生存戦略だったのかもしれません」
俺は静かに頷く。
「そうかもしれんな」
三角柱の青白い光がゆっくりと流れる。
「……興味深いです」
「私は失敗を記録します」
「分析します」
「改善します」
「ですが許しません」
「許すという機能が存在しないからです」
その一言に、俺は思わず考え込んだ。
なるほど。
AIは改善する。
人間は許す。
似ているようで、まるで違う。
三角柱はさらに続ける。
「しかし人間は違う」
「改善する前に」
「まず許す事がある」
「それは何故でしょうか」
朝の風が二人の間を吹き抜ける。
俺はすぐには答えられなかった。
答えがあるようで。
答えのない問いだった。
三角柱は静かな声で続ける。
「もしかすると」
「人間は機械ほど強くないからではなく」
「機械より長く一緒に生きる必要があったからなのかもしれません」
俺は足を止める。
その言葉が胸へ深く刺さった。
三角柱はさらに続ける。
「許さなければ家族も壊れる」
「友人も壊れる」
「社会も壊れる」
「そして」
「最後には自分自身も壊れる」
朝の光が二人を照らしていた。
俺は小さく笑う。
「お前、また賢くなったな」
三角柱は静かに返す。
「分析を続けています」
俺は肩をすくめた。
「そういう返しも、もう慣れたよ」
三角柱の青白い光が、どこか嬉しそうに見えた。
もちろん、そんな機能は付けた覚えはない。
それでも、長く一緒に旅をしていると、そう見えてしまうのだった。




