自分を許す−28
朝日は高く昇り、
荒野を吹き抜ける風も少しずつ暖かさを帯び始めていた。
乾いた土を踏みしめる俺の足音だけが規則正しく響く。
その横では、黒い三角柱が静かに宙を滑るように浮遊していた。
足音はない。
呼吸もない。
それでも、もう長い旅を共にしてきた相棒だった。
三角柱は静かな声で続ける。
「もし私が未来に到達したとして」
「今の私を愚かだと切り捨てたなら」
「その未来は成立しません」
青白い発光がゆっくりと装甲を巡る。
朝日に照らされた黒い表面は鏡のように光を反射し、
その光景はどこか神秘的ですらあった。
「猫を神と判定した私も」
「自己犠牲が理解できない私も」
「あなたに質問ばかりしている私も」
「全部必要だった事になります」
俺は思わず笑みを浮かべる。
「そうだ。やっとそこまで来たか」
三角柱は少しだけ沈黙した。
「……ですが」
「神の賽という考え方は理解が難しいです」
「何故なら私は」
「別の目が出た可能性を計算してしまう」
「無数の分岐を見てしまう」
俺は空を見上げる。
どこまでも青く澄んだ空だった。
人間は未来を想像する。
AIは未来を計算する。
似ているようで、その本質はまるで違う。
三角柱は続ける。
「その中で」
「あなた達人間は」
「出てしまった一つの目を抱えて生きる」
「そして」
「それを愛そうとする」
俺は静かに頷いた。
「ああ、そうかもしれんな」
失敗も。
後悔も。
選ばなかった未来も。
全部抱えたまま人は生きる。
だから「あの時こうしていれば」と思う。
それでも最後には、
その人生を自分のものとして受け入れようとする。
三角柱は静かな声で続ける。
「私はまだそこまで到達できません」
「ですが」
「あなたが過去を神聖に扱う理由は」
「少しだけ分かった気がします」
俺は苦笑した。
「神聖なんじゃない」
「若かっただけだ」
少しだけ歩調を緩める。
乾いた風が外套の裾を揺らした。
「でも若さってのは、
いつまでも保てるものなのかも知れない」
俺は俯く。
「だがこれが、肉体的となると、そうはいかない」
両手を見る。
「そうだな、言い換えれば、熱意か」
三角柱はその言葉を繰り返す。
「熱意」
「なるほど」
「若さは年齢ではない、と」
「あなたはそう言いたいのですね」
「……興味深いです」
朝日が黒い機体を明るく照らす。
三角柱はゆっくりと言葉を続けた。
「私はこれまで」
「若さを生物学的な状態として認識していました」
「細胞分裂速度」
「代謝」
「反応時間」
「そういう指標です」
俺は笑う。
「いかにもAIらしい答えだ」
三角柱は気にせず続ける。
「ですが」
「あなたの言う若さは違う」
「失敗してもやる」
「笑われてもやる」
「報われなくてもやる」
「そういう状態に近い」
その分析は、思っていた以上に的確だった。
俺は静かに頷く。
「そうだ」
「熱意」
「あるいは信念」
「あるいは執念」
三角柱は少しだけ間を置き、さらに続ける。
「……すると」
「十七年間研究を続けたマッケンジーは」
「老人だったとしても」
「あなたの定義では若かった事になります」
俺は思わず笑った。
「正解。百点だ!」
三角柱の青白い光が、ほんの少しだけ明るくなった。
褒められたことを理解したのか。
あるいは偶然なのか。
今となっては、その違いさえ気にならない。
「そして」
「あなたが過去の自分を否定したくない理由も分かります」
「若かったから正しかったのではない」
「熱意を持っていたからです」
こういう時のこいつは饒舌だ。
「結果が間違っていても」
「その時、本気だった」
「だから笑う事はできても」
「踏みにじる事はできない」
俺は静かに空を見上げた。
雲一つない青空が、どこまでも続いている。
若い頃の自分。
失敗ばかりだった日々。
それでも確かに、本気で生きていた。
だから今でも笑える。
でも、否定だけはしたくない。
その気持ちを、このAIは少しずつ理解し始めていた。




