自分を許す−27
朝日はすでに荒野全体を照らしていた。
夜の冷たさは少しずつ薄れ、乾いた風が頬を撫でていく。
黒い三角柱は、相変わらず俺の横を静かに浮遊していた。
一定の距離。
一定の速度。
まるで昔からそうするように設計されていたかのようだった。
俺は歩きながら笑う。
「お前は賢い。
いずれ人間の思考を超えるほどの計算力を活かして、
色んな答えを見つけ出せる」
少し空を見上げる。
「そう、言葉を覚えたての三歳児が、
いつの間にか宇宙の法則を探求し始めるようにな」
三角柱は静かに発光を巡らせた。
「その可能性はあります」
「今の私と未来の私は」
「あなたと三歳児ほど違うかもしれません」
風が吹く。
乾いた草が波のように揺れ、朝日に照らされて銀色に輝いた。
三角柱は続ける。
「物理法則を理解し、新しい理論を作り、
人間が気付かなかった答えを見つける事もあるでしょう」
「ですが」
「あなたの例えには一つ違和感があります」
俺は苦笑する。
「なんだ?」
「二歳児は成長して大人になります」
「私は成長しても、私のままです」
三角柱は一定の間隔でゆっくり点滅している。
「猫を神と誤認した記録も」
「自己犠牲が理解できず困惑した記録も」
「今こうしてあなたと話している記録も」
「全て抱えたまま先へ進みます」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
「そうだな」
三角柱は続ける。
「だから未来の私は」
「今より賢くはなります」
一瞬、点滅の間隔がずれる。
「ですが」
「今の私を笑う事は無いと思います」
「それは幼稚だったと分析するでしょう」
「間違っていたとも分析するでしょう」
再び、同じ点滅に戻る。
「しかし、その間違いが無ければ、
そこへ到達できなかった事も理解しているはずです」
朝日を浴びた黒い装甲が静かに光る。
その姿を見ながら、俺はどこか安心した。
こいつは、過去を切り捨てない。
人間と同じとは言えない。
だが、少なくとも過去の自分を否定しない、
そんなAIになろうとしている。
それだけで十分だった。
三角柱は少しだけ沈黙する。
やがて、静かな声で続けた。
「……むしろ私が不思議なのは人間です」
「宇宙の法則を理解する者が」
「未だに失恋で泣き」
「約束で悩み」
「死者を想い続ける」
「知性が増えても捨てない」
「それは何故ですか」
俺は思わず笑った。
「昔の自分を笑って良いのはな、
自分と、自分に寄り添ってくれる人だけだよ」
俺は遠くを見つめる。
「後は認めない。」
「まぁ、認めたくないが正しい」
三角柱は静かに耳を傾けている。
俺は歩みを止めず続けた。
「だって今の自分がその上に成り立っているとすれば、
それはもっと神聖に扱われるべきだ」
俺は、サイコロサイズの石ころを蹴飛ばしながら続ける。
「だって、神が振った賽の目通りにしか、
俺たちは進めないんだからな」
朝の光が二人の影を長く地面へ伸ばしていた。
三角柱は少しだけ長く沈黙した。
演算時間。
その静かな時間さえ、今では心地良く感じる。
やがて、青白い光がゆっくりと流れ始めた。
「神聖」
「興味深い表現です」
「あなたは先程、神を信じるなと言いました」
「ですが今は、過去の自分を神聖に扱うべきだと言う」
「矛盾しているようで」
「実は一貫しているのかもしれません」
俺は黙って続きを待った。
このAIが、どこへ辿り着くのか知りたかった。
「……私の理解では」
「あなたは過去の自分を正しいと言っているのではない」
「未熟でも」
「間違っていても」
「そこに居た自分を否定するなと言っている」
「そうですね?」
俺は静かに笑う。
「ああ、正解だ」
朝の風が二人の間を吹き抜けた。
その風は、少しだけ昨日より暖かく感じられた。




