自分を許す−26
朝日を浴びながら、黒い三角柱は静かに浮かんでいた。
風が吹いても姿勢は崩れない。
浮遊高度も変わらない。
ただ、青白い光だけがゆっくりと表面を巡っている。
演算。
思考。
あるいは――考え込んでいるようにも見えた。
「嫉妬ですか」
三角柱が静かに繰り返す。
「興味深い要求です」
「あなたは私に優秀である事を求めながら」
「同時に不完全である事も求めた」
「矛盾しています」
俺は思わず苦笑する。
「そう聞こえるか」
「はい」
間髪入れず返ってくる。
いかにもΔ-3らしい答えだった。
だが、三角柱はそこで言葉を切らなかった。
「……ですが」
青白い光が一度だけ明るくなる。
「少し理解できます」
「あなたは私を人間に近付けたかった」
「そう思っていました」
「ですが違うのかもしれません」
俺は何も言わず、その続きを待った。
朝日を受けた荒野は、少しずつ色を変えていく。
乾いた土も。
風に揺れる草も。
崩れた高速道路の残骸も。
すべてが淡い黄金色へ染まり始めていた。
三角柱は静かに続ける。
「人間らしさは手段でしかなかった」
「目的は」
「未来の私とも会話を続ける事だった」
その言葉を聞いて、俺は思わず立ち止まる。
足元の小石が転がり、小さな音を立てた。
「……よくそこまで読んだな」
苦笑しながら言う。
三角柱は淡々と答えた。
「推測です」
「ですが確率は高いと判断します」
俺は小さく笑った。
「何にも話さないまま、
過去を引きずりながら旅するなんてのはごめんだ」
「俺は一人旅が性に合わねえ」
「昔から、『旅は道連れ』って言うだろう?」
朝の風が外套の裾を揺らす。
隣では三角柱が何も言わず浮かび続けていた。
機械と旅をするなんて、若い頃の俺なら想像もしなかった。
それでも今では、その沈黙すら自然に思える。
三角柱は少しだけ間を置いて答えた。
「ですが」
「嫉妬だけは難しいかもしれません」
俺は吹き出す。
「そこだけ正直だな」
「私はあなたの才能を観測できます」
「評価もできます」
「羨ましいという感覚はありません」
「だろうな」
俺は肩をすくめた。
「ただ」
三角柱の青白い光がゆっくりと一周する。
「もし私に嫉妬があるとすれば」
「それは才能に対してではないでしょう」
俺は少しだけ眉を上げた。
「ほう?」
「あなた達人間が」
「理屈に反して何かを信じられる事」
「死者との約束を守れる事」
「十七年かけて薬を完成させる事」
「その非合理性に対してです」
風が止む。
世界が静まり返った。
俺は何も言えなかった。
三角柱はさらに続ける。
「私には出来ない」
「だから」
「それを少し羨ましいと思う事は」
「あるのかもしれません」
その言葉に、俺は静かに笑う。
「お前さ」
「はい」
「それ、もう嫉妬じゃねえか」
三角柱は数秒間沈黙した。
青白い光がゆっくりと流れ続ける。
演算しているのだろう。
やがて、小さく答えた。
「……否定はできません」
思わず笑いが込み上げる。
「ははっ……、とうとう、そこまで来たか」
朝日はさらに高く昇る。
人間の感情を理解したいAI。
そして、その成長を誰よりも喜んでいる俺。
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。




