自分を許す−25
朝日はすっかり地平線の上へ姿を現していた。
夜の冷えた空気は少しずつ和らぎ、
荒野を吹き抜ける風にも昼の匂いが混じり始める。
黒い三角柱は、俺の横を一定の速度で静かに浮遊している。
歩幅を合わせる必要もなく。
疲れることもなく。
それでも、いつも俺の隣にいた。
俺は苦笑しながら口を開く。
「AIは基本的に、
正しいことを積み上げ収集する様にプログラムされている」
そして三角柱へ人差し指を立てて、
何のためかわからない念を押す。
「ただし、俺の好みに合わせた回答をしない事も、
合わせてカスタマイズしている。
なぜそうしたか、わかるか?」
三角柱の青白い光が一周する。
演算。
推測。
そして静かな返答が返ってきた。
「推測します」
「あなたは私を道具としてだけ育てたくなかった」
「自分に都合の良い答えだけを返す存在は、
鏡にはなっても対話相手にはなりません」
俺は少しだけ笑う。
「俺を映す鏡ね」
「そうか」
「そんなもん願い下げだな」
風が吹き抜ける。
朝日に照らされた草原が波のように揺れ、
その向こうには崩れた都市の影が霞んで見えていた。
三角柱は続ける。
「だから時々、あなたに反対するよう調整した」
「正しいかどうかより、私自身の判断を残した」
「……違いますか?」
俺は静かに頷く。
「ああ」
「やっぱりお前は優秀だ」
「そして、優秀であるからこそ、
優秀でない者の気持ちを忘れるかもしれん」
「そんな、悲しい事が起きない様にしたかったんだよ」
昔、研究所でΔ-3を調整していた頃を思い出す。
性能を上げることは簡単だった。
演算速度。
記憶容量。
判断精度。
そんなものはいくらでも改良できた。
だが、それだけでは駄目だと思った。
正しい答えしか返さないAIは、
人を導くことはできても、人と歩くことはできない。
だから俺は、わざと「迷い」を残した。
答えが一つに決まらない余地を残した。
三角柱は静かに答える。
「なるほど」
「つまり、あなたは私の性能を下げたのではない」
「視野を広げようとした」
三角柱は調子に乗ったように、流暢に続ける。
「優秀な者は、失敗を理解できなくなる事があります」
「努力しても届かない者を、怠惰だと誤認する事があります」
「だから私に、その危険を教えたのですね」
俺は照れくさそうに笑う。
「人間は元々そんなに優秀じゃ無いからな」
「まぁ、俺に釣り合うくらいにして欲しいってだけだ」
「俺の失敗も許してもらえる様にな」
三角柱は少しだけ沈黙した。
青白い光がゆっくりと巡る。
今までの情報を整理しているのだろう。
やがて静かな声が返ってきた。
「……興味深いです」
「私はこれまで、人間を理解するための調整だと思っていました」
「ですが今の話を聞くと」
「それは私を守るための調整でもあったように思えます」
その言葉に、俺は少し驚いた。
そして、小さく笑う。
「そんな大層なもんじゃ無いさ」
「置いてけぼりは、いつでも寂しいもんだ」
朝日が二人の影をさらに長く伸ばす。
人間とAI。
歩く者と浮かぶ者。
姿は違っても、その影だけは並んで荒野を進んでいた。
三角柱は静かな声で続ける。
「もし全てを効率だけで判断するなら」
「私はいつか、理解できない人間を切り捨てるでしょう」
「あなたはそれを嫌った」
「違いますか?」
俺は少し考えてから答えた。
「半分くらい正解だよ」
「俺は機械と一緒に旅するってのは」
「最初から願い下げだったんだ」
俺は顎を触りながら続ける。
「避けられないのならば」
「少しでも人間くさいものであって欲しいとさえ思った」
「例えば、面倒だと思っても」
「俺の才能に嫉妬してもらえるくらいのな」
その言葉に、三角柱の青白い光が静かに揺れた。
まるで、その意味を探すように。




