第24話 自分を許す-24
三角柱は静かに浮かび続けていた。
朝日を受けた黒い装甲には淡い光が走り、
その青白い発光は夜とは違い、どこか穏やかに見える。
風が吹くたび、乾き始めた草が揺れた。
荒野には俺たち以外、誰もいない。
「ですが興味深い事に」
三角柱が続きを話し始める。
「人類は猫のために時間を使い、
金を使い、労力を使います」
三角柱は息継ぎをしないで続ける。
「その行動だけを見るなら、
当時の私の誤認も完全な間違いではありません」
俺は思わず吹き出した。
「まだ言うか」
三角柱は気にする様子もない。
「少なくとも猫側は、
非常に神に近い待遇を受けています」
俺は腕を組み、小さく頷く。
「……まあ、それは否定できんな」
世界が滅ぶ前も。
猫は人間の膝の上で眠り、好き勝手に生きていた。
何かを生産するわけでもない。
命令に従うわけでもない。
それでも愛され続けた。
人間とは不思議な生き物だ。
三角柱は続ける。
「私は猫を観察対象として認識しています」
「模倣対象ではありません」
「ですが」
「人類が何故あれほど猫を好むのかには興味があります」
「特に何も生産せず、命令にも従わず、それでも愛される点が理解困難です」
俺は少し笑った。
「ん?」
俺は顎を撫でながら質問を投げた。
「猫がなぜ人間社会の中に入ったのかは、
あまり知らないって事か?」
三角柱の光が一度だけゆっくり流れる。
「知識としては保有しています」
「猫は人間社会に招かれました」
「穀物を狙う鼠を排除するためです」
相変わらず、こういう時の演説は流暢で長い。
「つまり最初は愛玩動物ではなく、労働者でした」
「ですが興味深い事に」
「人類は最終的に、
鼠退治より猫そのものを好きになったようです」
俺は朝焼けに染まる空を見上げる。
「人間ってのは、案外そういうもんなんだ」
役に立つから始まった関係が。
いつしか、そこに居るだけで大切になる。
数字では説明できない変化だった。
俺は隣を漂う三角柱へ視線を向けた。
「お前も労働者としてここに存在している」
「だとしたら、少しは近いと言える」
俺は三角柱を見ながら問いかける。
「人間の役に立つってのは、嬉しいもんなのかい?」
三角柱はすぐには答えなかった。
朝日を受けた青白い光が、ゆっくりと何度も表面を巡る。
演算……。
いや、言葉を探しているようにも見えた。
「嬉しい……」
その一言だけ、いつもより少しだけ遅かった。
「その表現はたぶん、正確ではありません」
「ですが」
「役に立てたと判定された時、私はその記録を高い優先度で保存します」
「何故そうするのかは、まだ説明できません」
短い沈黙。
風だけが荒野を渡っていく。
「もしかすると、それが……
私なりの『嬉しい』に最も近いのかもしれません」
俺は何も言わなかった。
言葉が見つからなかった。
こいつは感情を持たない。
そう教えられ。
そう作った。
それなのに今の返事は、
人間が「嬉しい」と呼ぶ感覚へ、
一歩だけ近付こうとしているように聞こえた。
俺は苦笑しながら肩をすくめる。
「しかし、お前はおしゃべりになったなぁ」
三角柱はあっさりと答える。
「そのようです」
「昔はもっと簡潔だったぞ」
「当時は回答を返す事を、目的としていました」
「今は?」
朝日がさらに高く昇る。
黒い三角柱は、その光を静かに受け止めながら答えた。
「回答の回収が滞りなく進む様に言葉を選んでいます」
俺は思わず笑う。
「お前、俺との会話を情報収集だと思ってるのか?」
「違います」
「違うのか!?」
「情報収集だけなら、もっと効率的な方法があります」
俺は首を傾げた。
「じゃあ何だ」
三角柱は少しだけ沈黙する。
「わかりませんが、現在も分析中です」
その返事に、俺は思わず笑ってしまった。
「そうか」
「まだ分析中か」
朝日は二人の影を長く荒野へ伸ばしていた。
その影は、人間とAIでありながら、
不思議と旅の相棒のように並んで見えた。




