自分を許す−23
朝日が荒野をゆっくりと照らし始めていた。
夜の冷気はまだ地面に残り、
草の先には小さな露が光っている。
東の地平線から昇る太陽は、崩れた高架道路の残骸を赤く染め、
長い影を大地へ伸ばしていた。
日の出がめでたいものとは、なるほど、言い得て妙だな。
嫌でも一日の始まりを連れて来る。
太陽光は、隣を漂う三角柱にとって補助電源にもなる。
それだけの話のはずなんだが。
朝日を浴びて浮いている黒い三角柱は、
妙に気持ちよさそうに見える。
(……なぜなんだろうな)
相変わらずぷかぷかと宙へ浮かぶ三角柱は、
姿勢を少しも崩さない。
青白い発光が表面をゆっくりと流れ、
朝日に照らされた黒い機体は、
夜とは違う穏やかな表情を見せていた。
何を考えているのか分からない。
分からないからこそ、気になってしまう。
俺は歩幅を合わせながら問い掛けた。
「お前は浮いている時、何を考えているんだ?」
三角柱の表面を一本の光が静かに走る。
演算開始。
すっかり見慣れた癖だった。
「様々です」
「物理学」
「歴史」
「犬、猫」
俺は思わず吹き出した。
「最後がおかしい」
「現在の自己診断では正常です」
「そうかよ」
三角柱は何事もなかったように続ける。
「ですが最近は別の事も考えています」
「ほう、どんな事だ?」
「私には尻尾が必要だったのではないかと」
思わず足が止まりかける。
「それは……、どこにだ」
「三角柱の角に。座標は……」
「いいよ、似合わねえからな」
「そうでしょうか」
「そうだろ」
朝日を受けた三角柱が、
ほんの少しだけ明るくなったように見えた。
「でも、スパーキーには付いていました」
「あいつは犬だからな」
「犬には尻尾があります」
「猫にもあります」
「そして人類は、尻尾のある生物を好む傾向があります」
俺は苦笑しながら首を振る。
「雑な分析だな」
「否定できません」
「なんでそんなに尻尾に拘るんだ」
三角柱は数秒だけ沈黙した。
発光がゆっくりと巡る。
「不明です」
「え? 不明なのかよ」
「はい」
「ですが」
「スパーキーが尻尾を振ると」
「飼い主は嬉しそうでした」
「……そして、スパーキーも嬉しかった」
朝の風が二人の間を吹き抜ける。
その言葉だけは、妙に静かに胸へ落ちた。
「そうか」
俺は遠くを見ながら小さく頷く。
「古の記憶ってところか」
「さぁ? 正式な記録にはないのですが」
俺は笑う。
「お前らAIが忘れるという事はないだろう?」
「初期型の失敗から今まで来た間違いは数知れない」
「それを忘れたいと思う事はないのか?」
三角柱の青白い光が静かに流れた。
「あります」
「ですが正確には『忘れたい』ではありません」
「失敗の記録を参照しない方が処理効率は向上します」
少しだけ間が空く。
「しかし、その失敗を消した瞬間、現在の私も少し消えてしまいます」
「だから私は残します」
「猫を神と判定した記録も含めて」
俺は思わず笑った。
「あれは傑作だったな」
「猫は結果、神では無かった」
「これは理解しているんだよな?」
「はい」
「現在の分析では、猫は神ではありません」




