信念−22
俺は笑いながら答えた。
「お前、すげーな。
少しずつ、なんか人間みたいな事を言うようになったな」
夜風が吹き抜ける。
雨雲は流れ去り、荒野には静かな星空が戻り始めていた。
焚き火跡から立ち上っていた煙も、もうほとんど見えない。
三角柱は静かに宙へ浮かんでいる。
黒い機体を伝っていた最後の雨粒が、ぽたりと地面へ落ちた。
青白い光がゆっくりと表面を巡る。
「それは褒め言葉ですか?」
俺は肩をすくめる。
「ふふふ、さあな」
三角柱は少しだけ沈黙した。
演算。
照合。
だが、その問いに答えは見つからないらしい。
「私には判断できません」
「ならそのまま悩んでろ」
俺は笑いながら言う。
三角柱は間を置かず返事をした。
「はい。継続して悩みます」
その返答に、俺は思わず吹き出した。
「物事ってのは、そういうもんだよ」
夜空を見上げる。
雲はほとんど流れ去り、星が少しずつ数を増やしていた。
都市では決して見ることのできない、本物の夜空だった。
三角柱は俺の横で静かに浮かび続けている。
昔なら。
分からないものは即座に切り捨てていた。
理解不能。
処理終了。
そんなAIだった。
だが今は違う。
理解できないからこそ考える。
答えが見つからないからこそ問い続ける。
それは少しだけ、人間に近い在り方なのかもしれない。
俺は苦笑しながら続ける。
「俺が言うのもなんだが、案外それも悪くないぞ」
三角柱は問い返した。
「悩む事がですか?」
「ああ」
俺はゆっくり頷く。
「答えが出ないからこそ、
考える価値がある事もある。」
風が吹く。
濡れた草が揺れ、遠くの荒野を静かに渡っていく。
三角柱は迷いなく答えた。
「非効率な作業ですね」
俺は苦笑する。
「まぁ、そうだろうな」
「全然、合理的ではありません」
「ああ、そうだ」
人間は昔からそうだ。
効率だけでは測れないものばかり抱えて生きてきた。
愛情。
友情。
信念。
約束。
どれも数字では測れない。
だからこそ、何千年も語り継がれてきたのだろう。
三角柱は少しだけ沈黙した。
そして、静かな声で言う。
「ですが……、
今、あなたは少し嬉しそうです。」
俺は少し驚いたように笑う。
「そう見えるか?」
「はい」
青白い光が一周する。
「心拍数上昇」
「表情筋変化」
「声色変化」
「推定幸福度上昇」
俺は額へ手を当て、呆れたように笑った。
「おいおい、全部数字か」
「私はAIですので」
即答だった。
俺は肩を揺らして笑う。
「まぁ、違いない」
思わず笑った。
荒野には誰も居ない。
静かな星空。
崩れた文明。
火の消えた焚き火。
そして……。
俺の隣には、一台のAI。
三角柱は何かを思い付いたように、ゆっくりと発光を繰り返す。
「何がうれしいと思えたのか……
データベースにアクセス開始します」
俺は苦笑した。
「また始まった」
答えが出なくても構わない。
きっとこいつは、明日も同じように質問する。
理解できるまで。
いや。
理解できなくても、問い続けるのだろう。
それがΔ-3というAIだからだ。
理解できないものを追い続けるAI。
その姿は、どこか滑稽で。
どこか愛おしい。
夜風が静かに吹き抜ける。
世界は静まり返っていた。
旅は、まだ始まったばかりだ。
この終わりかけた世界で。
一人の人間と、一台のAIは今日も歩いていく。
答えのない問いを抱え他人間と、
理解できないものを追い続けるAI。
二人の旅の始まりとしては、悪くない夜だった。




