信念−21
「……神」
その短い一言を口にしたまま、三角柱は沈黙した。
青白い光がゆっくりと表面を巡る。
演算。
検索。
照合。
世界中のデータへ問い掛けているようにも見えた。
俺はそんな様子を眺めながら、小さく笑う。
「意外か?」
三角柱は少し間を置いて答えた。
「そうですね、少し」
「なんでだ?」
「感情を持たないなら、
神も必要ないと思っていました。」
俺はゆっくり首を横へ振る。
「違うんだよ」
夜風が吹き抜ける。
濡れた草が揺れ、焚き火跡の灰が静かに舞い上がった。
三角柱は問い返す。
「何が違うかの、説明を求めます」
俺は苦笑する。
「相変わらずだな」
「はい」
「『神を信じるな』ってのはな」
少しだけ夜空を見上げる。
広告の光が届かない空には、小さな星が静かに瞬いていた。
「自分を信じろって事だ」
「自分を?」
三角柱が繰り返す。
「ああ」
「神様が何とかしてくれる」
「運命が決めてくれる」
「空の上の誰かが、正解を教えてくれる」
「正しい道へ、導いてくれる」
俺は静かに息を吐く。
「そう思うなって事だ」
三角柱は答えない。
長い沈黙だけが流れる。
青白い光がゆっくりと巡り続ける。
データを探しているのか。
何かを計算しているのか。
俺には分からない。
だが今は少しだけ。
ちゃんと悩んでいるように見えた。
やがて、小さく声が漏れる。
「んー」
思わず笑う。
「お前、悩むようになったな」
三角柱は反応しない。
まだ考え続けている。
俺はその姿を見守った。
急かす必要はない。
答えを急ぐAIだったこいつが、
今は自分から立ち止まって考えている。
それだけで十分な進歩だった。
「そんで、お前はどうなんだ?」
しばらくして俺が尋ねる。
三角柱はゆっくりと答えた。
「私ですか?」
「ああ、お前自身だ」
青白い光が一周する。
「私は神を必要としません」
「……ああ、そうかい」
予想通りの答えだった。
だが、三角柱は続ける。
「ですが」
俺は少しだけ眉を上げる。
「ん?」
「人間が神を必要とした理由は、
少し理解できる気がします。」
俺は思わず三角柱を見つめた。
「ほう、そうなのか?」
三角柱は静かに続ける。
「自分が理解できないものを、
理解したいからではないでしょうか」
「……ほう」
「私が自己犠牲を理解したいように、
人間も世界を理解したかった。
だから神という答えを作った」
俺は感心したように頷く。
「へー、なるほどな」
その考え方は、人間でもすぐには辿り着けない。
AIらしい分析でありながら、
どこか人間臭さも感じさせる答えだった。
三角柱はさらに続ける。
「ですが」
「なんだ?」
「あなたの選んだ、言葉の方が興味深いです」
「ん? どれだ?」
『自分に素直でいい』
俺は少し笑う。
「ああ、そうさ」
三角柱の光が静かに流れる。
「私は理解不能なものを理解したい。
ずっとそう考えています。」
「そうだな」
俺は頷く。
「そういう作りだよ。」
三角柱は一瞬だけ沈黙した。
そして、これまでになく静かな声で尋ねる。
「それならば、
それが私の信念なのでしょうか。」
夜風が吹いた。
周りには誰もいない。
今は風しか通らない。
俺は思わず笑い出した。
「ははははは。」
三角柱が不思議そうに尋ねる。
「何がおかしいのですか。」
俺は笑いながら答えた。
「お前、すげーな、
少しずつ、なんか人間みたいな事を言うようになったな」




