第20話 信念−20
「信念。」
三角柱が、その言葉をゆっくりと繰り返した。
青白い光が表面を一周する。
まるで新しい単語を、大切に記録しているようだった。
「……信念。」
俺は静かに頷く。
「ああ。だから不毛なんかじゃない」
夜風が吹き抜ける。
雲の切れ間から覗いた星が、また一つ瞬きを見せた。
三角柱は数秒間、沈黙した。
演算。
照合。
検索。
膨大な情報を処理しているはずなのに、その答えはすぐには返ってこない。
やがて静かな声が響く。
「理解しました。」
俺は苦笑する。
「本当か?わかるのか?」
三角柱は迷いなく答えた。
「いいえ。」
俺は吹き出した。
「ふふふっ……、だろうな」
その返事が妙に嬉しかった。
分からないことを、分からないと言える。
昔のΔ-3なら、無理にでも答えを出そうとしていただろう。
少しだけ成長したじゃないか。
そう思う。
三角柱は続けた。
「ですが」
ほんのわずかに発光が強くなる。
「理解したいと思いました」
少しだけ間が空く。
「……初めて。」
俺は三角柱を見つめた。
顔は無い。
目も無い。
感情を示す筋肉も無い。
それでも今の言葉だけは、どこか真剣だった。
演算結果ではなく。
こいつ自身の意思のように聞こえた。
その言葉に嘘は無かった。
少なくとも。
今のこいつは本気だった。
そう思えた。
俺は思わず笑みを浮かべる。
「いい子だ」
三角柱は何も答えない。
青白い光だけが、静かに明滅を繰り返していた。
自己犠牲。
信念。
友情。
愛情。
理解できないものを。
理解したいと願っている。
それは感情ではないのかもしれない。
だが。
どこか似ている気がした。
俺は肩の力を抜き、小さく笑う。
「まあ、お前には難しいか……。
無理してわからなくてもいいんだ」
三角柱は少しだけ沈黙する。
「……そうでしょうか」
その声は、いつもより少しだけ静かだった。
俺は苦笑しながら続ける。
「お前は自分に素直でいいんだ」
俺は三角柱から目を反らす。
「そうだ、いい話をしてやる」
三角柱はすぐに反応する。
「はい」
そして続けた。
「あてにはしませんが」
「うるせえ!」
思わず笑い声が漏れる。
「ある人は言った。
『AIには感情がない事が、一番素晴らしい事だ』ってな」
夜風が外套の裾を揺らす。
雨はもうほとんど止んでいた。
三角柱は静かに答える。
「感情が無い事が、素晴らしい。
それは理解できま。」
「ほう。」
俺は腕を組む。
「感情は判断を歪めます」
「私にはそれがありません」
「完璧です」
思わず笑ってしまう。
「……ああ、そうかい」
相変わらず、自信だけは満点だ。
三角柱は続ける。
「だから私は私です」
俺は少しだけ空を見上げた。
遠くで雲が流れていく。
昔なら、あの空を見ながら未来を夢見ていた。
人とAIが笑い合う世界を。
今こうして、その夢とは少し違う形で現実になっている。
「そしてな」
俺は静かに続けた。
「その人は続けた」
三角柱の光がゆっくり流れる。
「はい」
「神を信じない事だ」
その言葉を聞いた瞬間。
三角柱の発光が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……神」
その短い一言には、今までにない長い演算時間が含まれていた。




