Δ−3 (デルタ・スリー) ー2
黒い三角柱の表面を一本の青白い光がゆっくりと流れた。
演算開始。
こいつが何かを話し始める前の癖だ。
「質問があります」
静かな機械音声が夜の荒野へ響く。
俺は思わず顔をしかめた。
「嫌だ」
反射だった。
考えるより先に口が動いていた。
「まだ何も聞いていません」
「お前が聞く質問だ。どうせ面倒に決まっている」
三角柱が数センチだけ上下する。
人間なら首を傾げるような仕草だった。
「はい。統計的にその発言は正しいです」
「ほらな。いったこっちゃない」
ため息が漏れる。
こいつとの付き合いは長い。
だから分かる。
今から始まるのは、答えのない問答だ。
「では質問します」
「嫌だと言っただろう?」
三角柱は返事をしない。
青白い光がもう一度だけ流れる。
「質問します」
「なんだ。聞くだけ聞いてやる」
ほんの一瞬。
三角柱は沈黙した。
演算時間にして、おそらく一秒にも満たない。
だが、その短い静寂が、妙に長く感じられた。
「自己犠牲とは何ですか」
「さーて、帰るぞ」
俺は大げさに立ち上がる素振りを見せる。
もちろん帰る気なんてない。
それくらい、こいつも分かっている。
「回答を求めます」
「嫌だよ」
「何故ですか?」
「その質問をされるのが今日で三百回目だからだ」
「正確には二百九十七回目です」
「大分、増えたな」
「私は日々、学習しています」
「余計たちが悪い」
思わず肩を落とした。
雨は少しずつ弱くなっている。
それでも三角柱は変わらず俺の横へ浮かび続けていた。
こいつは昔からこうだった。
今でこそ都市一つ管理できるほどの性能を持つAIだが、
最初は酷かった。
……本当に酷かった。
「なあ」
俺が呼びかけると、三角柱はすぐに反応する。
「回答をまだ」
「こっちが先だ」
「はい」
「お前は覚えてるか?」
「何をでしょう」
「Ver1.8の頃を」
三角柱の発光が、ほんの一瞬だけ弱くなった。
内部記録を検索しているのか。
それとも、本当に思い出したくないのか。
今の俺には判別できない。
「あまり思い出したくありません」
その返事を聞いた瞬間、俺は堪えきれず吹き出した。
「ははっ」
「私の記録抹消を提案します」
「却下」
「何故ですか」
「面白いからなぁ」
「人類は残酷です。歴史を紐解いても……」
「おい、お前が言うな」
三角柱は数秒だけ沈黙した。
やがて静かに答える。
「……当時は未熟でした」




