Δ−3 (デルタ・スリー) ー1
夜だった。
「しかし、お前と二人旅か」
俺は濡れた荒野を見渡しながら苦笑した。
外套の下は特殊素材の上下インナー。
昔の軍用品を民間向けに流したような代物だ。
性能は文句ない。
だが、そのままじゃ
”企業から追われる賞金首”みたいな格好になる。
だから少し使用感の出たデニムを履き、
少し綻びのあるシャツを着る。
西部開拓時代のカウボーイを気取っているわけだ。
そこにカウボーイハットも被れば、
まぁ、それなりに様になる。
少なくとも俺自身はそう思っている。
他人から見れば……、どうだろうな。
遠くには崩れた高架道路。
遠ざかる都市のネオン。
そんで、隣では黒い三角柱が音もなく浮遊している。
気持ちよさそうに、優雅にな。
「おい三角、こんな旅、飽きると思ったが、
案外そうでもないもんだな」
三角柱の表面を青白い光が静かに流れた。
「飽きる、という感覚が理解できません」
「私は現在も継続して学習中です」
相変わらず、こいつは口が減らない。
「毎日、新しい質問が生成されています」
「退屈する時間はありません」
俺は肩をすくめて笑う。
「そうか」
夜風が二人の間を吹き抜ける。
「まあ、お前にはどうってことないか」
「はい」
三角柱は迷いなく答えた。
迷いなんて、あるわけないよな。
「あなたとの会話は、常に未知の情報を含みます」
「学習効率は高いと判断しています」
「へぇー」
俺は思わず笑った。
「それ、褒めてんのか?」
「事実を報告しています」
「相変わらずだな」
「お前をこんな質問小僧にカスタマイズした気はなかったんだがな」
俺は苦笑しながら歩き続ける。
「どこでそうなったのやら」
三角柱の表面を青白い光が流れた。
「推測します」
「あなたです」
「……は?」
「質問によって学習効率が向上した際、
あなたは毎回『いい質問だ』と評価しました」
「質問回数は、その頃から指数関数的に増加しています」
「……俺のせいかよ」
「統計上、その可能性が最も高いです」
いつもの夜だ。
この都市に、朝と夜の違いはほとんどない。
空は幾重もの企業塔に覆われ、巨大広告が太陽の代わりを務めている。
人工雲。投影映像。
「消費しろ」
「契約しろ」
「買え」
「幸せになれ」
そんな声だけが絶え間なく空から降り注ぎ、
濡れたコンクリートと錆びた鉄骨を白々しく照らしていた。
俺が若かった頃、
未来はもっと格好良いものだと思っていた。
銀色の宇宙船。空飛ぶ車。
そして、人とAIが肩を並べて歩く世界。
そんな未来を、本気で信じていた。
だが現実は違った。
人間は相変わらず人間だった。
企業は相変わらず企業だった。
変わったのはAIだけだ。
異様な速度で賢くなり、
気が付けば人間の理解を追い越そうとしている。
そして俺は、そのAIを作る側にいた。
雨が降っていた。
細かな雨粒が、崩れた高架道路を静かに叩いている。
都市の灯りは、はるか後方で滲んでいた。
地平線の向こうに揺れるネオンだけが、
文明がまだ息をしていることを辛うじて主張している。
ここには何もない。
乾いた荒野。吹き抜ける風。
……それだけだ。
俺は焚き火が燻った跡の横へ腰を下ろした。
黒く焦げた薪を小枝で軽く突く。
火はとっくに消えている。
湿った薪から細い煙だけが立ち昇り、
雨に溶けるように夜へ消えていった。
その隣には、
一つの黒い三角柱が静かに宙へ浮かんでいる。
三十センチほどの金属塊。
継ぎ目の見えない黒い外装を、
雨粒が静かに滑り落ちていく。
風が吹いても姿勢は一切崩れない。
浮遊高度も変わらない。
音もしない。
ただ、そこに存在している。
まるで主人の帰りを何年でも待ち続ける老犬のように。
そんな姿に見えてしまうのは、
俺だけなのかもしれない。




