信念-18
三角柱の青白い光が静かに表面を巡る。
演算開始。
また質問が来る。
俺はそう確信していた。
「……あの、質問があります」
「なんだ」
「何故続けたのですか」
俺は少しだけ目を細める。
やはり、そこへ辿り着いたか。
風が荒野を吹き抜ける。
雨はほとんど止み、焚き火跡から立ち昇る煙も薄くなっていた。
三角柱は続ける。
「目的は失われています」
「研究理由も失われています」
「彼女を救うという課題は」
「既に達成不可能です」
その声に迷いはない。
感情ではなく、純粋な論理だけで導き出した答えだった。
俺は静かに頷く。
「そうだ、不可能だな」
三角柱は即座に続けた。
「ならば中止するべきです」
俺は苦笑する。
「そうだな、お前の論理ならな」
三角柱は少しだけ光を強めた。
「時間の浪費です」
「資源の浪費です」
「人生の浪費です」
俺は三角柱を見つめた。
黒い機体は夜を映し、青白い光だけが静かに流れている。
昔のこいつなら、ここで演算結果だけを並べて終わっていただろう。
だが今は違う。
ちゃんと俺の返事を待っている。
俺は静かに尋ねた。
「本当にそう思うか」
「はい」
即答だった。
迷いはない。
論理としては、それが正しい。
だから俺は小さく笑う。
「なるほどな……」
三角柱が問い返す。
「違うのですか」
「いや」
俺は首を横に振った。
「違わないんだ、うん」
「俺も昔はそう思ったもんだ」
若い頃の俺なら。
効率。
成果。
成功確率。
そんな数字だけを見ていた。
だから、その研究を続ける理由なんて理解できなかった。
三角柱が尋ねる。
「今は違うと」
「ああ」
俺は静かに答えた。
「違うな」
「理由を求めます」
俺は思わず笑う。
「ふふふ……なあ三角」
「はい」
「人間ってのはな」
少しだけ夜空を見上げる。
雲が流れ、また一つ星が姿を現した。
「ああいう時、
途中で降りられなくなる時がある」
三角柱は一瞬だけ沈黙する。
そして、実にAIらしい答えを返した。
「ただ、損切りできないだけでは?」
思わず吹き出した。
「はははっ、お前らしいな」
肩を震わせながら笑う。
「確かに、違いない」
三角柱は真面目に答える。
「事実です」
「だが……違う」
俺は静かに首を振った。
「何がですか?」
「彼は勝ち負けで研究をしてるわけじゃない」
「では」
「彼女に約束したんだよ」
「約束」
三角柱の光が一瞬だけ強くなる。
新しい概念を結び付けようとしているのだろう。
「必ず作るってな」
数秒の沈黙。
そして。
「しかし彼女はすでに、死亡しています」
「……ああ」
俺は静かに頷いた。
「そうだ」
「なら約束は無効です」
その一言に。
俺は苦笑するしかなかった。
これがAIだ。
論理だけなら。
その答えは間違っていない。
だが、人間はそうじゃない。
俺は静かに答える。
「違うな、人間はそう思わない」
三角柱はすぐに返す。
「理解不能です」
「だろうな」
俺は少し笑った。
「それでいいんだ」
「死者は結果を確認できません」
「意味がありません」
その瞬間だった。
胸の奥で何かが引っ掛かった。
俺は思わず三角柱を見た。
「おい、お前!」
「はい」
「意味がないだと?」
「笑わせるんじゃねえぞ」
三角柱は数センチだけ上下する。
人間なら首を傾げるような動きだった。
「笑うところがありましたか?」
俺は思わず額へ手を当てる。
「そういうことじゃねえ」
小さく息を吸う。
そして、ゆっくりと言葉を選んだ。
「いいか、よく聞け」
三角柱の光が静かに流れる。
「はい、聞きます」
俺は焚き火跡を見つめたまま言った。
「意味ってのは、誰かに与えられるもんじゃない」
「自分で決めるもんだ」
青白い光が、静かに、何度も何度も三角柱の表面を巡っていた。
答えを探している。
だが、その答えはデータベースのどこにも載っていない。
だからこそ、こいつは問い続けるのだ。




