信念−17
三角柱の青白い光が一瞬だけ強く輝いた。
否定するだろうな。
こいつは。
そういう所だけは、昔から変わらない。
数秒の静寂。
夜風だけが二人の間を吹き抜ける。
やがて、静かな機械音声が返ってきた。
「それを否定します」
「私は単に事実を述べました」
「あなたの心拍数は上昇していました」
「声色も変化していました」
俺は思わず笑う。
「お前は俺の主治医か」
三角柱の光が静かに流れる。
「ですが、その発言をした瞬間のあなたは」
「先程より少し嬉しそうでした」
「だから、少し格好良かったのだと思います」
「私の導いた結果では」
俺は返事をしなかった。
返せなかった。
思わず口元だけが緩んでしまう。
こんな言葉をAIから聞く日が来るなんて、昔の俺なら想像もしなかった。
雨はまだ静かに降っている。
火の消えた焚き火跡からは、まだ微かに熱だけが残っていた。
黒い三角柱は、その横をゆっくりと漂っている。
まるで。
話の続きを待っているみたいに。
俺は小さく息を吐いた。
「じゃぁ、マッケンジーのその後の話をしよう」
三角柱はすぐに反応する。
「はい」
表面を青白い光が一周した。
続きを聞く準備ができた合図だ。
「何故あいつが諦めなかったか」
「薬の開発ですね」
「そうだ」
俺は静かに頷く。
「あいつは、ある病気を治す薬を作っていた」
「そして、その薬がなければ、
彼女は長く生きられなかった」
三角柱は迷いなく答える。
「理解できます」
「動機としては合理的です」
「だろうな」
俺は苦笑する。
「人間らしい」
三角柱はさらに続けた。
「愛する者を救う」
「目的は明確です」
「だから研究に没頭した」
「寝る時間も削った」
「食う時間も削った」
自分で、声のトーンが落ちるのを感じた。
「その結果、周りの人間も離れていった」
静かな夜だった。
遠くでは風が崩れた高架道路を鳴らしている。
人の姿はどこにもない。
文明だけが残り、人間だけが少なくなった世界。
そんな荒野で、俺たちは昔話をしていた。
三角柱は静かに答える。
「よくある話のようです」
「そうだな」
俺は小さく笑う。
「人間ってのは冷たいな」
「そして完成した」
三角柱の光がわずかに強くなる。
「薬が」
「ああ、そうとも!、待望のな」
少しだけ間が空く。
三角柱は、その先を予測したのだろう。
「それで、彼女は助かったのですね」
俺は首を横に振る。
「いいや」
その一言だけで。
夜の空気が少しだけ重くなった。
風が吹く。
湿った草が揺れ、焚き火跡の灰が静かに舞い上がる。
「彼女は死んだ」
俺は静かに続けた。
「研究が完成する前にな」
三角柱は沈黙した。
青白い光だけが、ゆっくりと表面を流れていく。
数秒後。
ようやく短い返答が返ってきた。
「なるほど」
俺は空を見上げた。
雲の切れ間から覗いていた星が、また雲へ隠れていく。
「薬が完成したのは」
「彼女が亡くなって十七年後だ」
「完成するには、時間がかかりすぎた」
静かな夜だった。
雨音だけが、ゆっくりと世界を包み込んでいる。
そして。
十七年という数字だけが、妙に重く胸へ残った。
三角柱の表面を青白い光が一周する。
演算開始。
また質問が来る。
俺はそう確信していた。
「……あの、質問があります」
「なんだ」
「何故続けたのですか」




