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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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13/27

Δ−3 (デルタ・スリー) ー13

「建造物をスキャンします」


静かな電子音声が夜へ溶けた。


三角柱の表面を青白い光が何度も巡る。

細い光の帯が廃研究所の外壁をゆっくりとなぞり、

崩れた柱、傾いた梁、

吹き抜けになった屋根を一つずつ測量していく。


人間には何も見えない。

だがΔ-3の内部では、

何十年前の研究棟と現在の廃墟が重ね合わされ、

三次元地図として再構築されているのだろう。


俺は黙ってその様子を眺めていた。


風が吹く。

崩れた窓枠がかすかに軋み、

どこかで外れかけた金属板が揺れて乾いた音を立てた。


かつて世界最先端だった研究施設。

今では草に飲み込まれ、

夜の闇へ静かに沈んでいる。


「構造崩壊率、七十八・六パーセント」


「内部への立ち入りは推奨できません」


「……そうか」


短く返事をする。


分かっていた。

もう二度と、あの研究室へ入ることはできない。


それでも、似ている建物がまだ残っているだけで、

少しだけ安心してしまう自分がいた。

俺はもう一度だけ研究棟へ視線を送り、

小さく息を吐く。


「それに、一番最初に与えられた指示を、

私は厳守いたします」


三角柱が静かに続ける。


俺は視線を戻した。


「なんだ?」


三角柱の表面が淡く発光する。

内部記録が展開される時だけ見せる、

独特の光だった。


雨粒をまとった黒い機体が、

夜空の星を映し込みながらゆっくりと明滅する。

若い頃の俺の声が、静かな荒野へ流れ始めた。


『これは記録だ。いいか? 

俺がとち狂って消せというかもしれん』


少しだけ早口で。

疲れているのに妙に勢いだけはある声。

聞き覚えがあり過ぎる。


『だが、消すな。絶対消すな』


俺は眉を上げる。


そうだった。

確かに言った。

まだ完成もしていないAIへ、

必死になって命令を書き込んでいた。


『これをトップの命令に置いておけ! いいな』


記録はそこで終わる。


夜は再び静けさを取り戻した。

俺は数秒間、何も言えなかった。

遠くでは夜虫が鳴いている。

草を渡る風の音だけが耳へ届く。


そして。


「……ははははは」


笑いが込み上げる。

最初は小さく。

やがて肩を震わせるほど大きく。


「言ったな、そういえば」


笑いながら額へ手を当てる。

あまりにも自分らしい。

未来の自分が命令を書き換えることまで予想している。


どこまで信用していなかったんだ、俺は。


「はい。いいました」


三角柱は迷いなく答える。

その返事に、また笑ってしまう。


昔の研究室を思い出していた。

配線だらけの床。

工具が積み上がった机。


ホワイトボードを埋め尽くす数式。

冷めきったコーヒー。

誰も帰ろうとしなかった夜。


成功した日も。

失敗した日も。

全部あの場所だった。


あの頃の俺は、

失敗も成功も全部残すべきだと本気で思っていた。


消してしまうことは簡単だ。

だが、人間の記憶は驚くほど曖昧だ。


嬉しかったことほど細部を忘れる。

苦しかったことほど都合よく書き換えてしまう。


だから残す。

映像も。

音声も。

失敗も。

恥も。

全部。


未来の自分が忘れてもいいように。

未来の誰かが、そこから何かを学べるように。


そんな理想を、本気で信じていた。


俺は苦笑する。


「青臭かったな」


誰へともなく呟く。

三角柱は何も答えない。

ただ静かに俺の隣を浮かび続ける。


それでいい。

この沈黙が、今は妙に心地良かった。


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