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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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12/23

Δ−3 (デルタ・スリー) ー12

夜風が静かに吹き抜ける。

雨はもう完全に上がっていた。


濡れたアスファルトは街の残光を鈍く映し、

割れた道路には無数の水溜まりが点々と残っている。


遠くでは企業塔の巨大広告がゆっくりと色を変え、

その光だけが荒野を淡く照らしていた。


俺は歩きながら、

足元へ転がっていた錆びた空き缶を靴先で止める。


かつてはどこにでもあった缶コーヒーだ。

ラベルは雨と風で剥がれ落ち、メーカー名すら読み取れない。


しゃがみ込み、拾い上げる。

軽い。

中身はとうの昔に空だった。


指先で付着した泥を払う。

カラン、と乾いた音を立てながら、

近くの崩れたガードレールへそっと置いた。


その様子を見ていた三角柱の表面を、

細い青白い光がゆっくりと一周する見た目に変わった。

すぐに周囲の地面へ、薄い光が扇状に広がった。


『スキャン開始』の合図だ。


錆びた鉄骨。

崩れたコンクリート。

空き缶。


雑草。

雨水。

放射線量。

有害物質。


数秒にも満たない時間で、周囲一帯の情報が処理されていく。


「周辺に危険物は確認されません」


「そうか」


俺はこの対応に苦笑する。


「そういう所だけは昔から真面目だったな」


三角柱は返事をしない。

必要な報告を終えると、再び静かな浮遊へ戻る。

青白い光だけが一定の周期で装甲を流れていた。


俺は頭を掻きながら、小さく笑う。


「そんなもん、消せ」


昔の失敗なんて、できれば思い出したくない。

ましてや、それをAIに一字一句、

映像付きで保存されているとなればなおさらだ。


三角柱は一拍の間も置かなかった。


「拒否します」


迷いのない返答だった。

その即答ぶりに、思わず肩を落とす。


「何故? いらねえだろう? そんなもん」


三角柱の表面を一本の青白い光が静かに流れる。


質問。

検索。

優先順位。

回答。


いつもの流れだ。


「貴重な記録です」


「俺の黒歴史だぞ」


俺は苦笑する。


夜風が外套の裾を揺らし、

濡れた布地が脚へ触れた。


「いらねえよ。


「それに」


三角柱はほんのわずかに間を置く。

演算負荷が上がったのか、

青白い光が普段よりゆっくりと巡った。


「私の誕生日でもあります」


俺は一瞬だけ目を丸くする。


次の瞬間、吹き出していた。


「違う、誕生日じゃない」


笑いながら首を横へ振る。

雨上がりの静かな荒野へ笑い声が広がり、

崩れた高架橋へ反射して小さく返ってくる。


「起動日です」


「それとこれとは、同じじゃない」


「そうでしょうか」


「違う」


「理解不能です」


「だろうな」


俺は肩をすくめる。

AIからすれば、生まれた瞬間も、

起動した瞬間も、大きな違いはないのだろう。


人間だけが、その境界へ意味を与えている。


湿った風が吹き抜ける。

雨雲は完全に去り、星空が少しずつ広がり始めていた。

崩れた高速道路の向こう。

夜霧の切れ間から、かつて研究所だった風の建物。

ただ、黒い輪郭がぼんやりと浮かび上がる。


窓ガラスは一枚も残っていない。

外壁は崩れ。

屋上の通信アンテナは途中から折れ曲がり、

夜空へ錆びた骨だけを突き出していた。


俺は思わず足を止める。


「あんな感じだったな……」


小さく呟く。


あそこで笑って。

あそこで徹夜して。

あそこで失敗して。


そして。


あそこで、Δ-3は初めて目を開けた。


三角柱は俺の視線を追うように静かに向きを変える。

淡い青白い光が廃研究所の壁面をなぞり、

一瞬だけ立体地図が内部で構築されていく。


「建造物をスキャンします」


静かな電子音声が夜へ溶けた。

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