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<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


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Δ−3 (デルタ・スリー) ー11

次の瞬間。

夜の荒野へ、少しだけ若く、少しだけ張り詰めた俺自身の声が響いた。


『頼むから爆発するなよ』


一瞬、何が再生されたのか理解できなかった。

耳に届いた声は間違いなく俺のものなのに、

今よりも少しだけ高く、どこか力が入っている。


必死だった頃の声。


夢だけは誰よりも大きかった頃の声。


数秒遅れて、その意味を理解する。


そして――。


「はははっ!」


腹の底から笑いが込み上げた。

肩を震わせ、思わず膝へ手をつく。

笑い過ぎて息が詰まり、目尻には涙まで浮かんでくる。


静まり返った荒野へ、

俺の笑い声だけがどこまでも響いていった。


崩れた高架橋へ反射し、

遠くの廃ビルへ吸い込まれ、また静けさが戻ってくる。


雨粒をまとった草が風に揺れ、

笑い声の余韻を包み込むようにさらさらと擦れ合った。


三角柱は静かに浮かんだまま、その様子を見つめている。

正確には、高性能カメラと各種センサーで、

俺を観測しているだけなのだろう。


それでも、その青白い発光は、

俺が笑い終わるのを待っているようにも見えた。


「なぜか、笑っていますね」


電子音声はいつもと同じ。

事実を確認するだけの、平坦な口調だった。


「おお、そりゃ笑うさ」


笑い過ぎて少し痛む腹を押さえながら答える。

夜風が汗ばんだ額を撫で、

熱くなった身体からゆっくりと熱を奪っていく。


「何故ですか」


「へー、そんな事言ったかー、昔の俺」


笑いながら夜空を見上げる。

さっきまで見えていなかった星が、

いつの間にかずいぶん増えていた。


あの頃も、こんな空だっただろうか。

いや。

研究室に籠もりきりだった俺は、

何か月も空なんて見ていなかった気がする。


「言いました」


三角柱は即答する。

一秒の迷いもない。


「そうかー、覚えてないな」


「私は覚えています。記録しています」


その返答に、笑みが少しだけ穏やかなものへ変わる。


俺は覚えていない。

こいつは覚えている。

人間とAI。


たったそれだけの違いなのに、

そこには決定的な隔たりがあった。


そうだった。

あの日。

最新型AI起動実験。


研究室には開封されたままの部品箱が積み上がり、

工具が机いっぱいに散乱していた。


壁際では冷却装置が低いうなりを上げ、

天井を這う配線の束は何度も継ぎ足された跡が残っている。


モニターにはエラー表示とデバッグ画面。

床には飲み終えたコーヒー缶。

誰が置いたのか分からない栄養ドリンク。


三人分の仮眠用毛布。

そして、睡眠不足のゾンビのようにさまよう研究員たち。


予算超過。

納期超過。

上司は胃薬を片手に電話を掛け続け。

別の部署からは催促が飛び。

現場では誰も時計を見なくなっていた。


俺は三日徹夜。

髭も剃らず、白衣はコーヒーの染みだらけ。

目だけが妙に冴えていた。


そんな極限状態で完成したのが、こいつだった。


「爆発するなよ」


……確かに。

あの頃の俺なら言いそうだ。

慎重なのか雑なのか、自分でも分からない。

期待と不安が半分ずつ混ざった、本音そのものだった。


「そしてその後」


三角柱が静かに続ける。

その一言だけで嫌な予感しかしなかった。

俺は顔をしかめる。


「ん? なんだ?」


「あなたは私に、コーヒーをこぼしました」


「おい、やめろ」


反射的に止める。

しかし三角柱は止まらない。


「その後、そのコーヒーで滑って、転倒しました」


「やめろ」


「さらに別の部品にもこぼして、

慌てて白衣で拭いました」


「やめろって!」


俺は思わず頭を抱える。

当時の情景が鮮明によみがえってきた。


慌ててコーヒーを拭こうとして。

余計に広げて。

近くの部品まで濡らして。

周囲から悲鳴が上がった。


そんな最悪の数十秒。

三角柱の表面を流れる青白い光が、

心なしかいつもより速く巡る。


演算負荷ではない。

偶然だ。

そう分かっている。

それでも、少しだけ面白がっているように見えてしまう。


「染みの形がオーストラリアの形に、

七十一・八パーセント酷似していました」


俺は額へ手を当て、長いため息を吐いた。


言葉の間を埋めるように、夜風が指の隙間を抜けていく。


「ああ……そうかよ。わかったよ」


肩を落としたまま苦笑する。


「記録は正確です」


その一言に、俺はもう笑うしかなかった。


「はいはい。お前の勝ちだ」


黒い三角柱は何も答えない。

ただ静かに俺の隣を浮かんでいる。


雨上がりの夜風が二人の間をゆっくりと吹き抜ける。

崩れた高架橋の向こうでは、星々が静かに瞬き始めていた。


俺はもう一度夜空を見上げ、小さく笑う。

記憶は曖昧になる。


細部は忘れていく。

けれど、誰かが覚えていてくれるなら。

それも悪くない。


そんなことを思いながら、

俺は再びゆっくりと歩き始めた。

黒い三角柱も、

一定の距離を保ったまま、静かにその後を追った。

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