表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<自立型AI> Δ-3 ―三角柱の墓標―  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/23

Δ−3 (デルタ・スリー) ー10

「矛盾しています」


三角柱は静かにそう告げた。


抑揚のない電子音声。


その一言を発したあとも、黒い装甲の表面では青白い光がゆっくりと巡り続けている。


演算は終わっていない。


結論は出した。


しかし、その結論に自ら納得できていない。


そんなふうにも見えた。


もちろん、それは俺が勝手にそう感じているだけだ。


AIに「納得できない」という感情はない。


それでも長い年月を共に過ごしてきたせいで、わずかな発光周期の変化や浮遊姿勢の違いから、つい心の動きを読み取ろうとしてしまう。


俺は思わず吹き出した。


「ふふっ、だから人間なんだよ」


笑いながら肩をすくめる。


濡れたコートがわずかに重い。


袖口から入り込む夜風はひんやりとしていて、火照った身体をゆっくりと冷ましていく。


雨雲はさらに東へ流れ、夜空には星が増えていた。


崩れた高層ビルの隙間から覗く星々は、企業塔のネオンでは塗り潰せない本物の光だった。


街が栄えていた頃には見えなかった景色。


皮肉なものだ。


文明が静かになったからこそ、空は昔より美しく見える。


三角柱がほんの数センチだけこちらへ傾く。


まるで首をかしげるような仕草。


もちろん偶然だ。


姿勢制御の結果に過ぎない。


そう理解していても、長く付き合えば、そうは見えなくなる。


「便利な言葉ですね」


「お前のいう『統計上ではこうです』みたいなもんだ」


俺は靴先で小さな石を転がした。


石は濡れた路面を軽く跳ね、水溜まりへ落ちる。


静かな波紋が幾重にも広がり、そこへ映っていた広告の光を細かく砕いていった。


「なるほど」


短い返答。


そして再び沈黙。


風だけが吹く。


遠くで金属が擦れる音がした。


崩れた鉄骨が夜風に揺れ、乾いた音を立てている。


さらにその向こうでは、無人輸送ドローンが企業地区へ向かって一直線に飛んでいた。


青い航行灯だけが、夜空をゆっくりと横切っていく。


人の姿はない。


車もない。


聞こえるのは風と、自分たちだけだった。


演算音は聞こえない。


いや、聞こえないよう設計されている。


高性能になればなるほど、機械は静かになる。


だから三角柱の存在を教えてくれるのは、表面を流れる一本の青白い光だけだった。


それはまるで、人間の呼吸のようでもあり、脈拍のようでもある。


「答え方は覚えても、意味は分かってないだろ」


俺はゆっくり問いかける。


三角柱は間を置かず返した。


「はい」


迷いはない。


見栄もない。


できないことは、できないと言う。


ただそれだけだ。


「ふふっ、正直だな」


「これは事実ですので」


その返答に、俺は自然と頬が緩んだ。


昔からそうだ。


こいつは、自分を大きく見せようとしない。


分からないものは分からない。


知らないものは知らない。


人間なら、つい取り繕ってしまう場面でも、こいつは事実だけを口にする。


俺は少し目を細めた。


こいつの好きなところは、そこだった。


分からないものを、分かったふりはしない。


昔は違った。


理解できない質問にも、とにかく答えを返そうとしていた。


誤った情報を繋ぎ合わせ。


無理やり結論を導き出し。


その結果、論理は崩壊する。


研究室中の端末が一斉に警報を鳴らし、壁一面のモニターは真っ赤なエラー表示で埋め尽くされた。


サーバールームでは冷却ファンが悲鳴のような音を立て、研究員たちはコードを叫びながら走り回る。


非常停止ボタンへ飛び付く者。


バックアップを確保する者。


電源ケーブルを引き抜く者。


研究室全体が戦場のような騒ぎになったことも、一度や二度ではない。


そして、その中心には決まってΔ-3がいた。


その隣には、いつも俺がいた。


今は違う。


何百回もの更新。


何千回もの学習。


数え切れない対話。


積み重ねられた失敗。


その全てを抱え込み、こいつは少しずつ変わっていった。


人間よりも速く。


人間よりも正確に。


そして、人間よりも慎重に。


それでも。


俺は夜空を見上げ、小さく息を吐いた。


なぜだろう。


少しだけ臆病になったような気がする。


分からないことへ飛び込む勢い。


失敗しても、とにかく答えようとする無鉄砲さ。


そんな危うさが、昔のこいつにはあった。


もちろん今の方が正しい。


今の方が優秀だ。


それは間違いない。


それなのに。


ほんの少しだけ。


昔の、あの不器用なΔ-3に会いたくなる夜がある。



ーーー


AIの墓標 第一話「デルタスリー」④


ディテール増し版③



風が止んだ。


さっきまで揺れていた草も静まり返り、夜は不自然なほどの静寂に包まれる。


遠くで雨粒が屋根から落ちる音だけが、一定の間隔で響いていた。


俺は無意識にポケットへ両手を入れる。


湿った布地がまだ少し冷たい。


コートの裾を揺らしていた風が止むと、急に静けさだけが耳へ流れ込んできた。


「なあ」


静かな夜を破るように声を掛ける。


三角柱はすぐにこちらへ向いた。


正確には、表面の発光面が俺へ向くよう姿勢を微調整しただけだ。


その動きは滑らかで、水面を滑る木の葉のように静かだった。


「はい」


返事も変わらない。


機械らしい簡潔さ。


それでも俺には、昔より少しだけ柔らかく聞こえる。


耳が慣れたのか。


音声合成が進歩したのか。


あるいは、その両方か。


「昔、俺がお前を初めて起動した日の事、覚えてるか?」


問い掛けながら視線を夜空へ向ける。


雲はさらに流れ、星の数が増えていた。


崩れた高架道路の向こうでは、企業地区の超高層ビル群だけが人工の光を放ち続けている。


あの街だけは二十四時間眠らない。


大量の電力を消費し、空を照らし、人間の昼と夜の境界さえ曖昧にしてしまう。


一方、この荒野には静かな闇がある。


虫の声。


風の匂い。


濡れた土。


人工都市では失われたものばかりだった。


三角柱は一瞬の間も置かなかった。


「覚えています。記録があります」


即答。


演算すら必要ない。


長期保存領域から呼び出しただけなのだろう。


俺は肩をすくめ、小さく笑う。


「記録ねぇ。相変わらず味わいがねえな」


口ではそう言いながらも、その正確さが少し羨ましくなる。


俺の記憶は曖昧だ。


嬉しかったことも。


悲しかったことも。


年月が経つほど輪郭はぼやけていく。


人の顔。


声。


匂い。


景色。


どれも少しずつ失われていく。


だが、こいつは違う。


一度保存した情報は、劣化することなく残り続ける。


忘れるという機能を持っていない。


「西暦二一八七年六月十二日」


三角柱が淡々と読み上げる。


青白い光が装甲をゆっくり一周する。


「時刻十四時三十一分」


「研究棟第三開発室」


夜風がまた吹き始めた。


どこからか雨上がりの土の香りが運ばれてくる。


「室温二十三・四度」


「湿度四十三・二パーセント」


「気圧千十一・二ヘクトパスカル」


「照度六百十八ルクス」


「外気温二十七・一度」


「そこまで要らん」


思わず吹き出した。


笑いながら片手を振る。


「実験記録上、必要かと思いまして」


「今は思わん」


「失礼しました」


三角柱の発光が一瞬だけ弱くなる。


演算が止まったわけではない。


会話の優先順位を書き換えたのだろう。


だが、そのわずかな変化が、人間で言えば「しょんぼりした」ようにも見えてしまう。


長く付き合うというのは不思議だ。


感情を持たない機械にまで、表情を見つけてしまう。


「で、俺は最初になんて声をかけた?」


問い掛ける。


三角柱は即座には答えなかった。


青白い光が一度、ゆっくりと装甲を巡る。


記録領域へのアクセス。


映像。


音声。


時系列。


必要な情報だけを抽出している。


俺にはもう、その癖が手に取るように分かる。


数秒。


静寂だけが流れる。


風が草を揺らし、遠くで金属片が乾いた音を立てた。


そして三角柱は静かに告げた。


「記録を参照します」


次の瞬間。


夜の荒野へ、少しだけ若く、少しだけ張り詰めた俺自身の声が響いた。


『頼むから爆発するなよ』


その一言が流れた瞬間。


俺の時間は十年前へ引き戻された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ