第8話 好奇心は猫を殺すらしいが俺のは桜を咲かす程度だーー裏山爆散、桜の名所
死んだ。
──好奇心は猫を殺す。
一直線に「好奇心」という死へ駆け抜ける、小さな猫。
可愛かった。
助けたかった。
だから――手を伸ばした。
☆
ああ、夢か……
アッシュは周りを見回しながら安堵のため息を吐いた。
「久しぶりに見たな、前世の最後……」
アッシュは伸びをしながら、前世の記憶を頭から振り払った。
「……今度は俺が、好奇心で死んでやる」
宣言するようにアッシュは呟くと、ベッドから立ち上がる。
「さて。今日は何があるかな? お、良いこと思いついた」
アッシュはそう叫ぶといそいそと寮の部屋を飛び出して行った。
☆
「高ぇ。よくもこんなもんを魔法だけで建てたもんだ」
アッシュはエバンス学園の魔法の塔を見上げながら呟いた。
「魔無しの俺が、もっと高いのを建てたら世界の魔無しの子供が救われるのかな」
魔法は天才だけのもの、それが世界の常識だ。
でもそんなわけない。
魔無しでも魔法は使える。
それを証明してやる。
アッシュはそう誓いながら裏山に向かった。
その時、レディがアッシュの後ろにどこからともなく現れた。
「おはようございます。王よ」
アッシュが立ち止まってレディの両肩を掴んだ。
「おはよう。あのさ、もし魔法をぶつけ続けたらどうなるか分かるよね」
レディが首を傾げた。
「暴走します」
それが何か? みたいにレディは答えた。レディはアッシュの突然の行動に違和感がないようで平然としている。
「だよね。だったら暴走する魔法を圧縮したら?」
レディの両肩を掴んでいた両手を離すと空気を押し潰すような仕草を見せてアッシュは言った。
「大爆発します」
今度はレディは眉をひそめて答えた。
「それ、面白そうだろ?」
アッシュはレディの言葉に手を打って嬉しそうに言った。
「暴走の爆発が面白い?」
レディは何を言っているのか理解できない。
「あの裏山は消し飛ぶかもだけど、校舎まで被害は及ばないよ」
アッシュはそう言うと、カバンから巻物を取り出して、ごそごそと巻物を読み始めた。
しばらくしてアッシュは巻物に書き込みを始めた。
「あれはまだ五歳だったかな。確か……きっかけは、幼馴染のメイ嬢に、魔無しって虐められたんだったかな。色々あって裏山を消し飛ばしたあの魔法は、本当に何もかも完璧だった」
アッシュの言葉にレディは心当たりがあるのか頷いていた。
「王の覚醒の時の話ですね」
「え? 覚醒なんて格好の良い話じゃないよ。あれはただの偶然だった」
「偶然であのような極大魔法を創造されるとは……さすがとしか申せません」
レディは深々と腰を折って敬意を表する。
「うーん。なんか違うんだけど。あれ以来探し求めてるんだよ」
アッシュはしみじみと言った。
「はい。王の偉大さを我々は承知しています」
レディは更に深々と頭を下げて畏敬の念を表した。
アッシュは目の前のレディの頭を困ったように見ていたが、すぐに諦めたように踵を返して山の頂上に向けて歩き出した。
「今までと少し違うアプローチをするつもりだよ」
アッシュは決意表明するように宣言した。
「さすがとしか申せませんがその魔法は危険です」
尊敬と畏敬の気持ちを顔全体にあらわにしつつもレディは警告した。
「ああ分かっている。でも思いついた。やらない理由がない」
アッシュは決然とした足取りを止めない。
「失敗の確率180%。中止を進言します」
しかしアッシュの足は確実に前に進んでいた。
レディはその背中を顔をしかめて見つめていたが、パッと消えた。
☆
魔力が凝縮する感覚がしたため、聖女マリアは警戒のために魔力を全身に練り上げた。
すっくと立ち上がり魔法の杖を構えた。
目の前にレディが立っていた。
マリアは直ちに魔力を集中すると最大の魔法を放とうとした。
「王の危機です」
その一言で聖女は攻撃魔法を止めていた。
「それは本当ですか?」
疑わしそうに聞き返した。
「私には嘘をつく理由がありません」
「わたくしを騙したら爽快でしょ?」
その言葉にレディは一瞬、不気味な笑いを浮かべた。
「なるほど。その戦略に一定の価値を認めます」
それを聞いた瞬間、マリアは顔を羞恥に染めていた。
「ごめんなさい。つまらないことを言ったことを心からお詫びします」
マリアは深々と頭を下げて謝罪した。
下を向いた彼女の顔は苦しそうに歪んでいた。
しかし、次の瞬間、キッと顔を上げた。
「わたくしは何をしたら?」
両手を祈るように合わせる彼女独特の姿で尋ねた。
「あなたを王の元に転移させます。逆らわずに従って頂けなければ正しい位置に転移できない確率が上がります」
レディは淡々と伝えた。
「はい。お願いします」
聖女は頷くと右手をレディの手に添えた。
直後、聖女の姿は消えていた。
☆
「何だ、お前は!」
激しい怒声と共に剣が降り下されていた。
その剣を素手で止めたレディは感情の無い声で伝えた。
「王の危機です。援助を要請します。危険な実験を止めてください」
レディは姫騎士アテナに早口に伝えた。
「どうすれば良い……」
☆
レディは次に、ハイエルフ王女を転移した。
ハイエルフの王女は、豊かな長髪をかき上げると左右に目を走らせて尋ねた。
「状況は?」
彼女の問いに答えたのは先に転移して来ていた聖女マリアだった。
「強固な結界が張られています。アッシュ様はあそこに」
シア王女の右手にいる聖女は、山の頂上を指差した。
聖女の説明をハイエルフのシアの左手に立つ姫騎士アテナが補強する。
「あれは儀式魔法…….祭典と言うのか、しかし確実に多重魔法が形成されているようなのだ。
この結界はドラグスレーザーでも破壊できそうにない」
ハイエルフのシア王女は、聖女が指さす方向を見ながら二人の説明を吟味する。
アッシュが派手な服を着て、長い紙の帯を手にして、朗々と何かを叫んでいるのが見えた。
シア王女は必死にアッシュを凝視する。
「何をしているのか分析できません」
悔しそうに唇を噛んで呟いた。
「しかし、魔法の状況は芳しくありません。既に危険な暴走を……なぜあのような状況なのに魔法が圧縮されるの……」
声を震わせてシア王女が言った。可憐な目と口が大きく開かれた。
「危険な状態です。あれの爆発力は山を爆散させるに十分すぎる魔力量があります」
今、瞬間移動で現れた神眼のソフィアが言った。
「あ、爆発します。王が…….」
レディが絶望の声を上げた。
アッシュの両手の中に凝縮された魔力は、ついに限界を迎えた。
必死に押し返す。
その両手が激しく震えだした。
次の瞬間、一気に全ての力が開放された。
エネルギーが爆散し、白熱した空気が硝煙を伴って急激に飛散した。
すぐアッシュの姿は硝煙で見えなくなった。
衝撃波が結界の外側にいる少女達の全身を襲った。
結界が破砕されてガラスが割れたような音を立てて飛び散った。
五人が悲鳴をあげて成り行きを見守るしか無かった。
真っ先に走り始めたのは聖女だ。
爆発の影響で頭上に舞い落ちてくる巨岩や木々の破片などお構いなしだ。
空気を切り裂く音が聖女の頭上を通り過ぎた。
姫騎士が聖女を守ったのだ。
「アテナさん。あれを」
ソフィアが硝煙で見えない空を指さした。
ソフィアの意図を察知したアテナはドラグスレーザーをソフィアの指示した先に放った。
硝煙とともに彼女達の頭上に飛来してきた巨岩が微塵になって大空に爆散した。
シア王女がソフィアと姫騎士を抱えると飛翔し始めた。
ソフィアが次々に指さす方向にアテナが攻撃魔法を連発する。
三人が降り立つと聖女とレディの二人が瀕死のアッシュを抱えて懸命に治癒魔法を発動している最中だった。
神聖な光がアッシュと聖女達を取り囲んでいた。
アッシュは悲惨な有様だった。
「マリア支援する」
走り寄り癒しの魔法を発動するシア王女だ。
神聖な光が強まる。
「あそこです」
ソフィアは飛来物を指差し、アテナが攻撃。
「心臓が止まりました!」
聖女が悲鳴をあげてうずくまった。
「泣いている場合か!」
姫騎士が攻撃をやめてアッシュに飛びかかると心臓マッサージを始めた。
「マリア! 死ぬ気で治癒魔法をかけろ。お前の信じる力を信じろ!」
姫騎士が叫ぶ。
「はい‼︎」
マリアが強い視線を返してアテナを睨み返した。
そのまま飛び付くようにアッシュの胸に両手を当てた。
神聖な光の粒が舞い上がる。
アッシュは幸運だった。聖女マリア、レディ、シアの三人の癒しや回復の魔法は超一級の魔法だったからだ。アテナもまた天才。身体強化をする魔法はアッシュの身体に影響を与えた。
「ぐふっ! ごほっごほっ」
アッシュが咳き込んだ。
五人に安堵が広がって行った。
その時、ようやく大空から爆発の余波が去って爆煙が飛び去り青空が広がって行った。
風が止み、世界が静寂に包まれた。
ひらひらと一枚の花びらが舞い降りて聖女のか細い肩に落ちた。
聖女が上を見上げた。
山の頂上は吹き飛んでいた。
空から何かが舞い落ちてくる。
空に無数の何かが舞い落ちて来ていた。
慌てて警戒モードに戻った姫騎士が攻撃魔法を発動しようとするのをソフィアが止めた。
「殿下。あれは危険ではありません。分析ではあれは全て花びらです」
ソフィアの声に他の女の子達全員が空を見上げた。
薄いピンク色の小さな花びらが雪のように静かに舞い落ちて来る。
空一面が花びらで覆われていた。
五人は目を見張ってその光景に身体を凍らせる。
「なんて神々しい」
聖女が呟いた。
「綺麗だな」
アテナがため息混じりに呟いた。
「お、桜だね」
呑気な言葉とともにアッシュが起き上がった。
「酷い目にあったよ」
頭をかきながらおどけて言う。
その態度を見ていると『てへっ』と言う効果音が聞こえて来そうだ。
五人の美少女たちの緊張が霧散する。
五人の美少女たちの怒りの感情が爆発するその瞬間、逆にアッシュが叫ぶ。
「あ!」
アッシュは、驚きの声とともに立ち上がると一点を指差していた。
五人の少女達はその時、この世の物とは思えないような光景を目にした。
山の頂上に美しい花で一色に染まった巨木が出現していた。
天を覆うほどに横に広がった枝の全てに桜の花びらを満開にさせた巨木が出現していた。
爆散した山の頂上に、その大木が出現していたのだ。
「アッシュ様。このような神聖な魔法は見たことがありません。あの木は伝説の世界樹でしょうか?」
聖女が立ち上がったアッシュの足元に跪いて尋ねた。
「え? あれは、そんなだいそれた物じゃないよ。どこにでもある桜の木だね。あれは本桜って言うんだよ。とても立派な桜だね」
「桜? そのような木は聞いたことがないが?」
アテナが聞き返す。
「あはは」
アッシュが笑って誤魔化した。
「なんと貴い魔法。アッシュ様はアッシュ様で本当に良かった」
しみじみとシア王女が言った。
「え? それはどう言う意味?」
「何でもありません。それよりも、あのような巨木を創造するなど前代未聞です。その魔法の理論を教えてください」
シア王女がアッシュの袖を摘みながら上目遣いで尋ねた。
「いやぁ、これは失敗なんだよ。死にかけたし……」
アッシュは照れ笑いする。
「王はやはり偉大」
レディも聖女の横に跪いた。
「やはり、アッシュ。わたくしと、王宮に来い。お父様にすぐに会わねばならぬ」
アテナがアッシュの手を取って連れて行こうとする。
「王は私と花の鑑賞をします。小娘は下がって王のご機嫌取りでもしているのです」
レディが辛辣に言ってアテナをアッシュから引き離そうとする。
「そうです。王から離れてください」
聖女がレディを支援する。
「また、始まったか……」
皆の様子を面白おかしそうにソフィアが評した。
アッシュは桜を感慨深く見上げた。
「まぁ良いっか。入学シーズンには桜はつきもんだし……ははは」
アッシュはそう呟いて天を仰ぐ。
少女達もそれに習って、初めて見る満開の桜と舞い落ちる桜の花びらに我を忘れじっと見入っていた。
しかし彼らは気づいていない。
満開の桜の下で、少女たちに囲まれた自分達の姿が——
まるで一枚の絵のような光景だと。
騒ぎを聞きつけた人々は、慌ててガヤガヤ言いながらやって来て、その光景を目の当たりにした。
桜の大木と、空中に漂う無数の花びら。
誰もがそれを見た瞬間に凍りついたようにピタリと止まって、何もかもを忘れたかのようにその光景の虜になってしまう。
「あの木は見たことがありません。王よ、あれは何を象徴しているのですか?」
レディが興味深そうに尋ねた。
「それはね。もちろん、これからの楽しい学園生活だろ……
そうか……あの日って、高校の入学式だったっけ、俺ってあの高校に行きたかったんだな」
アッシュは昔を懐かしむ気配を見せて呟いた。
「王よ。あのような凄い大樹を創造するほどの偉大な魔法が、そのような学園に入学するための魔法だとはとても信じられません」
「レディの意見に賛成です。意味もなくあれほどの魔法を生命がけでなすものなどいるはずがありませんもの。
あれはもっと神聖な何かを象徴しています」
聖女も確信を持って断言した。
アッシュは二人の絶大な信頼を受けると目を泳がせて笑うしかなかった。
他の美女達も負けてはいられないといっそ大袈裟にアッシュを褒めそやし始める。
「勘弁してぇ〜」
弱々しいアッシュの悲鳴が桜吹雪に乗って学園に舞い降りて行った。
コメントありがとうございます
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よろしくお願いします。




